襲撃

10.治癒魔法



 ☆   ☆   ☆




ダリャがポーションをかたむけると、青い霧がサラサラと流れ出てザモのわき腹の傷をつつんだ。


けれども、容体はいっこうに良くなる気配がない。ザモはかえって苦しげにうなり声をあげた。


ダリャは首を振った。


「傷口がふさがらないわ」


「ザモ、しっかりしろ!」


リーダーのウルバンが呼びかけても返事がない。しだいにザモの呼吸は不規則になってきた。


「毒のせいです」


ルシルはガラ袋からジャム瓶みたいな毒消し薬を取り出した。


蓋をあけて、木ベラでたっぷりすくい取る。傷口に塗るのかと思いきや、そのまま木ベラをザモの口につっこんだ。


「むぐっ……んグフッ! ……ぶはあっ!?」


ザモは目をむいて木ベラをふき出した。


「吐いちゃダメです! もぅ! おとなしくするのです!」


リーダーがあわててザモを抑えつけた。


「大丈夫なのか?」


「ちょっと苦いだけです。さて、あとは傷の治療ですが……」


「ぼくがやるよ」


祐太は手をあげた。自分だけ何もせずに見ているだけなのはイヤだった。


「ユータ、ポーションより治癒魔法をお願いします。毒が完全に消えるまで、回復を続けてください」


「治癒魔法だね。了解」


祐太は杖を使わずに、両手をザモのわき腹にむけてかざした。


小声で呪文を唱え、両手に魔力を集中させると、赤い光が傷口を照らしはじめた。腐蝕しつつあった皮膚が消えて、しだいに再生してゆく。


「具合はどうでしょうか?」


祐太が顔を上げると、ルシルがポカンと不思議そうな表情で自分を見ている。ルシルだけでなく、ダリャもリーダーも同じように意表をつかれた顔をしている。


(……?)


とつぜん、ザモが跳ねるように起き上がった。


「楽になったぜ!」


腹筋をあらわにして、


「こりゃスゲェ! 古傷まで消えちまった! 助かったぜ!」


祐太の肩をバンバンたたいた。


「ど、どうも。よかった……」




「仲間を救ってくれて感謝する。さすがカルメラン。回復スタッフも優秀だ」


リーダーのウルバンは頭を下げた。


「どういたしましてです」


ルシルは毒消し薬をガラ袋にしまいながら、すまし顔でうなずいた。


べつに回復専門ってわけじゃないけど、と祐太は思ったが黙っていることにした。


ダリャが偵察から戻ってきた。


「様子がへん。スライムがどんどん集まっているわ」


「どういうこった? 群れになって俺たちを襲うつもりか?」


理由が分からん、とザモが肩をすくめる。


「……まさかとは思うが、こいつのせいかな?」


リーダーがベルトからナイフを抜きはらった。


むき身の刃から光の粒がこぼれる。ハンドルの魔石の象嵌が銀色にかがやいている──『星くずナイフ』。


「そうかもしれません」


ルシルが言った。


「スライムたちは伯爵の下僕として造られました。お屋敷を侵入者から守ることは下僕たちの使命です」


「侵入者ねぇ……」


ザモは大げさに両手をあげて、


「つまり、俺たちゃ屋敷に忍びこんだ盗っ人ってわけか。やれやれ」


「ちゃんと正面玄関から入ったのにね」


ダリャが皮肉な笑みを浮かべて、


「こんな行儀のいい盗っ人がいるかしら?」


「ま、このメンツでは盗っ人に間違えられてもしかたあるまい」


リーダーが真面目な顔で言った。


「そういうわけですので、そのナイフは置いていくのがいいかもしれません」


ルシルが言うと、


「せっかく手に入れたお宝をあきらめろって? そんなことするくらいなら、とっくに冒険者を廃業してるぜ!」


ザモは胸筋を拳でたたいた。


他の二人も同意見らしい。


むむっ、とルシルは口を曲げた。


「だが……そうとなれば今日のところは引き上げよう。今回は討伐が目的ではないし、長居は無用だ」


リーダーが撤収を決めた。


ザモは威勢よく歩き出そうとしたが、まだ毒気が残っているらしく、ややふらついている。


ルシルと祐太はダンジョンの出口まで、三人を送ってゆくことにした。




途中、先頭を歩いていたリーダーが足を止めた。通路の角を曲がった先に、しもべスライムがウジャウジャとわだかまっている。


「なるほど。ずいぶん数が多い……」


「リーダー、このまま突っ切っちまおうぜ。スライムごとき、まとめて蹴散らしてやりゃいい。二度とミスはしねぇ」


ザモの背後から、祐太は指さした。


「待ってください。あれって……さっきの人型では?」


しもべスライムの群れの真ん中で、ぼろ切れがうごめいている。


「まさか、あれがスライムたちを呼び寄せてるの?」


ダリャの言うとおり、人型はしもべスライムたちに命令して、侵入者をどこまでも追いかける決意らしい。


「……さっきの人型とは違うみたいですが」


「別個体だな。ひょっとしたら、他にも何体か、どこかに隠れているかもしれん」


「迂回しましょう。こっちです」


ルシルのひと言で、全員、通路を引き返すことにした。彼女の道案内で、遠回りながら別ルートを進む。

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