9.人型

こうして、三人組はまあまあレアなアイテム『星くずナイフ』を手に入れた。


彼らはまあまあ満足した様子で、地下回廊を後にした。


ルシルは不満そうだ。


「もうちょっとうれしそうな顔をしてほしいものです」


「まぁまぁ」


ちなみに、宝箱の中身を奪われたからといって、それを理由にルシルと祐太が本部から責任を問われたりはしない。


なぜと言えば、宝箱の中身はダンジョン攻略の報酬として、もとより冒険者のために用意されたものだからだ。


それゆえ、隊員が始末書を書かされるとか、損失額を給料から差し引かれるとか、そんな非人道的な処分がくだされることは、いっさいないのだった。


「それはいいんだけどさ、」


祐太は首をひねった。


「わざわざ冒険者の邪魔をする理由は何?」


「自分が冒険者だとしたら、どうですか?」


ルシルはのぞき込むように問い返した。


「貴重なアイテムが簡単に手に入ったら、面白いですか?」


「えー……」


面白いかどうかが理由? 


ルシルはずるそうな笑みを浮かべて、


「こちらとしても、簡単に攻略されるのは、なんとなく悔しいので、できるだけ妨害するのです。ウッシッシ!」




ナイフ投げのトレーニングはその後も続いた。屋敷内の探索もずいぶん進んだようだ。


三人組はひときわ豪奢でセンスのいい部屋──おそらく伯爵夫人の私室ブトワール──に足を踏み入れた。


そこで、彼らは得体の知れない敵と遭遇した。


はいずるように室内をうろつく、ぼろ切れをまとったモンスター……。


「あ、あいつは!」


祐太がトイレで遭遇したやつだ。


「人型です」


ルシルが声を低めた。


「伯爵が造ったしもべスライムの一種です。かなり、強いです」


「あの三人なら大丈夫だよね?」


「……」


二人の不安をよそに、三人組の反応は素早かった。


いままでの雑魚とは違う──とっさに察知した三人は、三方向から人型を囲い込んだ。




先に仕掛けたのは、人型だった。スライム質の体の一部が長い腕のように伸びて、ムチのようにしなる。


三人のうち、リーダーが投げたナイフがそれを切断した。


間髪入れず、メンバーのもうひとりが逆方向から斬りかかった。彼女のみごとな短剣さばきで、人型はまっぷたつ。


が、人型にダメージはない。斬られても、すぐにまたくっついて、ふたたび襲いかかってくる。


異様にすばやく、体当たりしてくるパワーも相当だ。


「武器では不利です」


ルシルが焦れったそうに言った。


「魔法で焼きはらうしか……」


そうは言っても、このパーティーに魔法使いはいない。


三人組の残る一人は、マッチョな大男だ。彼は人型の伸びた腕をかかえこんだ。そのまま気合いで投げ飛ばす。


これは効いた。人型はマヒしたように動かない。


大男はさらに、ボディプレスをくらわせようとジャンプした。一瞬早く、ぼろ切れの下からスルリとはい出してきたものがあった。


小さなしもべスライムだ。色が、他の個体とちょっと違う。


その色違いスライムがわき腹あたりに飛びかかってきたせいで、大男はバランスを崩した。ボディプレスを失敗し、そのまま床に落下した。




「? 何かへんだ」


鏡ごしに見ている祐太には状況が読めない。色違いのスライムはどこかへ逃げてしまった。


リーダーが攻勢に出た。


その手に持つのは『星くずナイフ』──刃から光の粒がキラキラと舞う。


光跡が弧をえがいた。


切り落とされた人型の肉片が、個体を保てずにドロドロとけてゆく。ナイフの特殊効果だろうか?


削られて小さくなった人型は、ついに逃げ出した。壁にあいた穴に潜り込んで、二度と現れなかった。


「やった! ……けど、あのひと大丈夫かな?」


ボディプレスに失敗した大男は、床に倒れたままだ。他の二人が手当てしている。


「毒をうけたのかもしれません」


ルシルは鏡から目を離さずにつぶやいた。


オペレーションルームの暖炉の上には、三十センチ四方の枠に吊された鐘が置かれている。


一見、置物のようなそれが、猛烈に鳴り始めた。突然の大音響に祐太はひっくり返りそうになった。


ハッとしてルシルが叫んだ。


「救護要請です!」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る