冒険者たち
6.ティータイム
暖炉でヤカンが湯気をふいている。
ルシルは火からヤカンをおろして、二人分の湯飲みにお茶をそそいだ。
「どうぞ」
「あ、ありがとう。あちち……」
食堂のハーブティーの味だ。
正面には、立派すぎる鏡台が置かれている。鏡面がパブリックビューイング並みにバカでかい。
映っているのはこの部屋ではない。屋敷の正面玄関だった。
そこに、冒険者らしい格好をした三人の男女がやって来た。
ルシルはハーブティーをひとくち、
「最初のお客さまです」
いずれも軽装の三人組だった。武器といえば腰に下げている短剣だけだ。革製のベストを着ている以外、防具らしきものもない。
「ずいぶん身軽だね」
冒険者の標準装備がどんなものか、祐太には分からなかったけれど、スライム程度ならこれで充分なのだろう。
「魔法使いはいないようですね」
とルシル。
「なんで分かるの?」
「見れば分かります!」
三人とも、たしかに戦士……というよりはむしろ盗賊っぽい格好──ゲームでよくあるジョブのイメージ──だけれど、そんなにハッキリ魔法使いではないと断言できるものなのか、祐太には疑問だった。
三人は正面玄関を押し開けて、屋敷に足を踏み入れた。鏡の映像も、彼らを追って移動する。
先頭の男性がしきりと口を動かしている。声は聞こえないが、何か説明しているようだ。
どうやら彼がリーダーらしい。他の二人──身ごなしの軽そうな女性と、ガタイのよい男性──は、熱心に耳をかたむけている様子だ。
やがてリーダー格の男性がベストの胸ポケットから寸鉄のようなものを取り出した。
その手がさっと空をはらった。
「んっ?」
鏡ごしに見ているルシルと祐太には何が起こったのかわからなかった。
数メートルはなれた柱に、しもべスライムがいた。寸鉄が突き刺さっている。
リーダーが近づいて寸鉄を引っこ抜くと、薄くとがった刃が飛び出している。
隠しナイフだ。
しもべスライムは反撃するわけでもなく、逃げるようにその場から姿を消した。
三人はまた話し合いを始めた。
「いったい何をしてるんだろ?」
祐太はいまいち状況が理解できない。
「ナイフ投げの練習に来たみたいですね」
ルシルが湯飲みをすすりながら言った。
「練習? ダンジョンで?」
「別に不思議なことはありません。初級ダンジョンですし、強力なモンスターも出ませんから、トレーニングにはうってつけなのでしょう」
「な、なるほど」
鏡はずっと三人を映し続けている。
彼らは宝箱の中身を回収しながら、屋敷内を移動している。時おり、しもべスライムに遭遇すると、交代でナイフを投げた。
「あ、また逃げられました!」
「あたらないね」
さすがにリーダーは百発百中だけれど、他の二人は三回に一回くらいの命中率だ。
祐太が面白いと思ったのは、標的にされているしもべスライムたちにも、いろいろ種類というか、個性があることだった。
すばしっこいヤツ、逃げる気ゼロなヤツ。柔らかいヤツ、粘っこいヤツ。大福餅みたいなサイズのヤツもいれば、ビーズ入りクッションみたいな大きいヤツもいる。
ナイフが刺さっても、スライムにダメージはないっぽい。ときには二つにちぎれて、そのまま二匹になって逃げてしまうのだった。
祐太はヤカンをとって、空になった湯飲みにハーブティーをそそいだ。
自分のと、それからルシルの分も。
「ありがとうございます。ユータ」
ふたたびソファに座って、三人組の監視(?)を続ける。
「あの二人、少しずつ上達してるようです。あのひとの教え方が上手なのです」
「そうだね」
リーダーの説明は懇切丁寧だ。声は聞こえなくとも、見ていればそれが分かる。
基本的な投法、無回転投げ、サイドスロー。背後から襲われたときの、身をかわしつつ変則投げ。
状況に応じた構え方や、対処の仕方についてフォームを示しつつ解説している。
祐太は湯飲みに口をつけた。
(なんか楽だな……)
さっきからお茶をすすって鏡の映像を眺めているだけだ。
(ダンジョンの運営の仕事ってこんなものなのかな?)
研修中のほうがよほど忙しかった気がする。
「油断禁物! ミッションの最中はー、何が起こるかわからないよー!」と、トレグラスが繰り返し言っていたけれど、今のところ何も起きていない。
(…………)
祐太はモゾモゾと体をゆすった。
小声で、
「あの、手洗いは……?」
「おトイレですか? 部屋を出て右手の階段をおりて、つきあたりです。本部に戻るよりそっちが近いです」
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