5.干からびた薬草とカメレオンとギミック

最初にやって来たのは厨房だった。大きな調理台が三つもある。そのうちの一つに宝箱が置かれている。


フタが開いたままで、中は空っぽだ。


「薬草を入れておいてください。一個でいいです」


ルシルに言われて、祐太はガラ袋をさぐった。書棚から持ってきた薬草はどれも干からびている。


「そういうものです」とルシル。祐太は大きな宝箱の中に水分のぬけた薬草を一束だけ置いてフタを閉じた。


「次へいきます」


屋敷のどこになにがあるのか、ルシルは完璧に把握しているようだった。足取りに迷いがまったくない。


次は広間だった。


ルシルは「う」と声をつまらせた。宝箱の上に何かいる。


しもべスライムではない。もっと大きな生き物……長いシッポがヘ音記号みたいに巻いている。


(オオトカゲ……?)


一瞬、祐太はそう思ったが、よくよく見ると巨大なカメレオンだ。


警戒して杖を構えた祐太を、ルシルが止めた。


「おとなしいモンスターですから、かみついたりはしません」


彼女は自分の杖を手にとって、シッ、シッと追い払うようにふった。


「──あっち行け、です!」


カメレオンはまったく動かない。


祐太も協力して追い払おうとしたが、突然カメレオンの口がひらいた。目にもとまらぬ速さで長い舌が飛び出してきて、祐太の顔を舐めた。


「ヒエッ!?」


「あ、気をつけてください。こいつは人をおそいませんが、ときどき味見してきます」


カメレオンは不味そうな顔をした。宝箱からおりて、不愉快そうに両目をグルグルさせながら、ヒタヒタと壁を上っていった。


宝箱の中は空だった。


「ここは金券でいいです。一番安いのでおねがいします」


金券とは、スマートフォンサイズの金属板で、金額が刻印されている。


ダンジョンでは現金の取り扱い禁止──というのが、トレグラスから教わったルールだ。現金の代わりに、金券や相当額のアイテムを報酬として、それを道具屋などで換金(売却)してもらうのだ。


祐太は宝箱に一万ゾルドの金券を置いて、フタを閉めた。


「さぁ、どんどん行きましょう」


二人はさらに屋敷中を歩き回って、数ヵ所の宝箱をチェックした。


最後は地下だった。


真っ暗な階段を下りきると、次々と燭台に火がともり、広々とした地下回廊アンダークロフトがあらわになった。等間隔で並んだ柱が低い天井を支えている。


「問題はここです」


ルシルは回廊の奥を指さして、


「この先に宝箱があります。未開封です」


「中身が入ったままってこと? 何のアイテム?」


「『星くずナイフ』です。……まあまあレアな武器らしいです」


祐太は目をこらした。暗くてよく見えない。


「魔法のギミックがあるのです。動作確認しますから、手伝ってください。腕輪をとって、宝箱に近づいてくれますか?」


ギミック? 動作確認? いったい何の話だろうと思いつつ、祐太は言われたとおりに腕輪をはずした。


そして歩き出した。柱の影をひとつひとつ踏み越えながら前進する。


──ガシャリ……。


金属のこすれる音が響いた。


──ガシャ……。ガシャン……!


どこから?


分からない。


金属音は反響しながら、だんだん近づいてくる。


(……?)


前方の暗がりに何かいる。


赤い火灯りのゆらぎを反射して、姿を現したのは見上げるほどの大鎧だった。頭からつま先まで、全身を甲冑でつつんだそのギミックは、柄の長い斧のような武器を手にしている。


祐太が立ち止まっても、ぎこちない歩みで近づいてくる。


「ユータ! 腕輪を!」


ルシルが叫んだ。


祐太があわてて腕輪をつけなおすと、甲冑の動きはピタリと止まった。


まるで獲物を見失ったみたいにじっとしていたが、ほどなく、きびすを返してもとの暗がりに退いた。


はーっ、と祐太は力が抜けたように息をついた。


つまり、あいつを倒さないかぎり、宝箱の中身は手に入らないわけだ。


「問題なさそうなので、ここはもういいです。戻りましょう、ユータ」


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