7.休憩時間
階段をおりるたびにきしむ音がした。空気がよどんでカビ臭い。
モンスターの気配はなかったけれど、用心のため杖を手に持ったまま祐太は奥へ進んだ。
「これ?」
つきあたりにアーチ型の入り口がある。
おそるおそる中をのぞきこむと、はたして洗面台が見えた。
なるほど、トイレだ。
採光が明るい。ちゃんと掃除してある。壁も床もタイル張りで、ここだけ改築したように新しい。
祐太は胸をなで下ろした。
壺が置いてあるだけ、とかだったらどうしようかと心配したけれど、ちゃんと魔法水洗だ。文明と呼べる水準に達している。
……と、安心したのもつかの間、祐太の視線はすみっこに置かれた謎の物体にひきつけられた。
ゴミ袋が置きっぱなしじゃないか──と思ったら、ちがった。ぼろ切れをかぶせた何かが、ゴソゴソと動いているのだ。
(……?)
便器の前でうずくまっているそれは、祐太の気配に感づいたようだ。ぼろ切れがゆっくりと起き上がって、頭部(?)がグルリと祐太のほうを向いた。
その瞬間、祐太の耳にルシルの言葉がよみがえった。
『人の形をしたやつは一番危険です』
ぼろ切れの裂け目から、二つの赤い目が光る。そしてクモの脚のような指が出てきた。
そいつが理解不能な声を発した時には、祐太はすでにトイレから逃げだしていた。
「どうかしましたか?」
オペレーションルームにかけこむと、ルシルがソファごしに振り返った。
「そろそろお昼です。ユータが先に休憩してください。食堂に行くのでしたら、すみませんがお茶を補充してきてください」
祐太はうなずいて、軽くなったヤカンをつかんだ。
「お先に……」
扉の前に立って、
「本部へ──」
印が浮かび上がる。
(トイレは本部で借りよう)
祐太は扉を開けた。
大食堂は混雑していた。受け取り口の前に行列ができている。
祐太は並ぶのをあきらめて、売店へ向かった。そこで一番安いプラム塩パンを買った。
座席はどこを見ても隊員でいっぱいだった。なんとか空いている席をひとつ見つけて、そこでひとり昼食をとった。
「モグモグ……しょっぱい」
ハーブティーでのどに流し込むように食べる。
まわりを見れば、隊員は大人ばかりだ。年寄りも多い。若者といえば、二十代くらいの隊員がちらほら。祐太やルシルと同年代は一人もいない。
食べ終わって、なんだか落ち着かないので、そそくさと席を立った。
「……っと、忘れてた」
キョロキョロと調理場のあたりを探すと、ヤカンの返却口があった。そこでヤカンを交換してもらった。
「ええと、どっちへ行けばいいんだっけ?」
巨大な岩山をうがって築きあげられたこの本部こそが、まるで迷路のようであり、一種のダンジョンだった。
結局、オペレーションルームにもどった時には、休憩時間の大半が経過していた。
「異常はありません」
ルシルが言った。
鏡を見ると、冒険者の三人も屋敷のどこかの部屋で食事をしている最中だった。
祐太はルシルと交代した。
彼女は近くにあったイスを引っぱってきて、猫脚テーブルの前に座った。
祐太は今さらながら、自分も隊員でごった返す食堂でなく、この静かなオペレーションルームで食事すればよかったと思った。
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