3.少女とヤカン

城壁にのぼる階段があって、その下の方に誰か座っている。


「またせたねー。ルシル」


トレグラスの声に反応して、ほおづえついた少女の顔がこちらへ向いた。


「トレグラ?」


少女は祐太と同じ隊員のローブを着ている。教官を見て意外そうに、


「エミリィはどうしたのです?」


「彼女は……冒険者になったよー!」


「ぼうけんしゃ?」


「うん、朝目覚めたらぁ、謎のお告げの声が聞こえたんだってさー。だから旅に出るってさー」


少女はキョトンとしている。


「やめたってことですか?」


「そういうことだねー」


「い、意味がわかりません。『あたしはこの仕事にすべてをささげるつもりなの』とかなんとか決意表明を三日前に聞かされたばかりですよ?」


「まぁまぁ、彼女なりの事情があるんだよー、きっと。とにかくそういうわけだからぁー、新しいパートナーを連れてきたよぉー。こちら!」


自分は辞めたエミリィさんの代わりらしい──祐太は紹介されてペコリと頭を下げた。


「はじめまして。ユウタ・カジヤバシです。よろしくお願いします」


「ゆ、ユータカ、ジャヤバッシ……?」


言いにくそうだ。


祐太はふと、少女の横になぜがヤカンが置かれているのに気がついた。


少女は階段をおりてきて、祐太の前に立った。


ルシル・ラモリノと名乗った。


「いいね! いいねー! 最年少チームだねっ!」


トレグラスははしゃいでいる。


「ルシル。彼は研修を終えたばかりだからー、現場の仕事を教えてあげてよっ。ユウタ。彼女は優秀な魔法使いだからー、分からないことがあったらなんでも相談するといいよーっ! じゃ、そういうわけだから二人とも頑張ってねー!」


「ちょっと待ってください」


飛び去ろうとする教官をルシルが呼びとめた。


「それだけですか?」


「それだけ……とはー?」


「もう少し説明してほしいです。チームを組ませる目的とか、ねらいとか……どうして目をそらすんですか?」


「べつに、そらしてないよぉー。それで?」


「ですから、わたしたち初対面ですし、どんなふうに役割分担したらいいかとか、アドバイスがあれば……」


教官は「うんうん」「もっともだねぇ!」「そうだよねー!」と相づちを打っている。


「大丈夫! 君たちは歳も近いし、他のチームよりも何倍もうまく協力できるよー! きっと! じゃ、次の新人研修があるのでこれでぇ……」


トレグラスはそそくさと飛び去った。




ルシルはため息をついた。


「いい加減なドラゴンです……」


ヤカンをつかんで、


「案内します」


「あ、よろしくお願いします。ラモリノ……先輩」


「礼儀正しいのはいいことだと思います。でも、ここではお互いに呼び捨てです。戦闘中に礼儀なんて気にしてるヒマないですから。ルシルでいいです。ゆ、ユー……カジ?」


「祐太です。戦闘って、そんなに激しいものですか?」


ふっ、とルシルは鼻で笑った。


質問には答えずに、


「ユータは学生ですか?」


「いえ……」


祐太は首を横に振った。この世界は義務教育ではない。


ルシルは前を向いたまま、


「わたしは魔法学校に通ってますが、今は夏休みですから」


「なつやすみ?」


祐太は驚いた。ということは、アルバイト……?


「どうかしましたか?」


「ずっとここで働いてるのかと……」


「今日で二週間目です」


祐太の足が止まった。


(自分とたいして変わらないじゃないか!?)


あのちっこいドラゴンの教官め! いやシフトを組んだのは隊長かな? 新人だけでチームを組ませて、いきなり現場投入……って、いったいどういうつもりだろう? 


祐太の不安を察したかのように、ルシルは振り返って、


「ご心配なく、です。ユータ。わたしたちが担当するのは一番初級者むけのダンジョンです」


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