2.採用されなきゃ始まらない
更衣室でクツをはき替える。
借り物のローブに着替える。
それから大食堂に移動して、祐太はすみっこのテーブル席に座った。
「緊張してきた……」
今日は面接日だった。一週間の研修は昨日で終わり、採用か不採用か、いよいよその判定が下される。
(……ダメかもしれない)
正直、自信がない。
祐太の魔法はすべて師匠から教わったものだけれど、学び始めてから日が浅かった。研修中はずっと、自分の魔法が初級レベルでしかないことをイヤというほど思い知らされた。
とはいえ、不採用は困る。勇気を出してこの仕事に応募した理由は、もっぱら経済的な事情による。生活費をかせがねばならない。
「お・ま・た・せー」
大食堂の反対側から、水色の小さな生き物がフワフワと飛んできた。
祐太はイスから立ち上がった。
「おはようございます。教官」
「おはよー。ユウタ」
このひと──じゃなくてドラゴンは祐太の教育担当で、名はトレグラスⅡ世。仮入隊してから一週間、このちっこいドラゴン教官の元で研修を受けた。
「そんじゃ、行こうかー」
ぬいぐるみみたいな教官は祐太の頭越しに方向転換した。
隊長の執務室に入るのは初めてだった。
「ユウタ・カジヤバシ……」
履歴書に書かれた名前を、コルド・ジベルト隊長は抑揚のない声で読み上げた。
トレグラスは宙返りして、
「スジはいいよー! 素直だしねぇ! 覚えも早いよー! ときどきマトをはずすことはあるけど、おおいに成長が期待できるよぉー!」
ジベルト隊長は無言だった。無愛想に机の上の履歴書を見下ろしている。
祐太が不安をつのらせていると、ふと隊長は執務室のすみを指さした。
「
「えっ?」
壁ぎわに石像が置かれている。
祐太は教官を見た。トレグラスは翼をパタパタさせて、
「大丈夫っ! 自信を持ってー! ……研修のときに説明したことをよーく思い出すんだよー!」
祐太はうなずいて、反対側の壁ぎわへ移動した。
杖を手に取り、集中する。
攻撃魔法といってもいろいろある。
祐太にできることは魔力をエネルギーのカタマリにして、そのまま敵に向けて飛ばすだけ。
なんの工夫もひねりもない、単純な技だ。威力もたいしたことない。大きさもせいぜい、テニスボールほどのサイズが限界だ。
それでも、今はできることをやるしかない。
杖先をピタリと石像に向ける。棍棒を持ったモンスターの像だ。ゴブリン? オーク? よく分からないけど。
祐太は小声で呪文をつぶやいた。
呪文は唱えてもいいし、念じるのでもいい。初心者は唱えたほうがいいとされるけれど、
──絶対に他人に聞かれるな。
と、師匠から厳命されている。
発動した瞬間、
(うまくいった)
そう思った。
が、杖先からはなたれた魔力のボールはまったく見当ちがいな方向へ飛び出していた。
(……!?)
あいかわらずのコントロールの悪さ。自分でもイヤになる。こればかりは、研修中に何度指導されても直らなかった。
次の瞬間──驚くべきことに、モンスター像は魔力ボールへ向かってジャンプした。そしてなんと、棍棒でボールをフルスイングした。
「ええっ!?」
反転した魔力ボールは教官のシッポを直撃した。
「ぎゃーっ!?」
「あ……大丈夫?」
「ジュッっていったー! いまジュッっていったァー! 水ぅー!」
くるったように飛び回るトレグラス。両手をあげて執務室を一周する石像。
「旧魔法か」
隊長は何ごともなかったように履歴書を見返して、
「その杖は自前か?」
「い、いえ。こちらで借りました」
ローブ同様、杖も貸し出し品だ。
「ハムっ、ハムムっ。旧だろうと、新だろうと、杖に違いはないよー……」
黒コゲになったシッポの先をくわえながら、トレグラスは涙声で言い返した。
隊長はまったく聞いていない様子で、
「まぁいい。ラモリノの娘と組ませろ」
トレグラスが目を丸くした。ドラゴンでもそんな顔をするのかと祐太は思った。
「もうシフトは組んである」
抗議はムダだと言わんばかりに、隊長は執務室のドアの方へアゴをしゃくった。
トレグラスは何か言いたそうにウロウロしていたけれど、やがて、
「ま、いいかぁ……」
ポツリとつぶやいてから、
「……こっちだよー」
「あ、はい」
祐太は教官の後について執務室を出た。
なんだかよく分からないけれど、本採用が決まったのは間違いなさそうだった。
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