第55話 脱出大作戦! その1
リリアナはルーカスの執務室を出るなり、「はあ」と大きなため息を吐き出した。
執務室の前で待機していたロフがリリアナの顔を覗く。
「落ち込んでいらっしゃるのですか?」
「泣き落としすら効かないなんて……」
恥ずかしいと思いながらも、目的のために涙を見せることくらいどうってことない。けれど、泣いてもルーカスは「だめだ」を繰り返した。
ルーカスが心配なのはわかっている。リリアナはここ数日で聖女だ、魔女の娘だと世論に振り回されっぱなしだ。そんな子が外に出たことがバレれば、大騒ぎになることは間違いない。
それでも、もしかしたらという淡い期待があった。だから、リリアナはルーカスの仕事をわざわざ中断させてまでお願いにいったのだから。
(こうなったら最終手段に出るか)
ルーカスに泣き落としが効かないとなれば、もうやれることは一つしかない。リリアナはロフを見上げて、にっこりと笑った。
「私は疲れちゃったから、これからお部屋で寝るね。明日の朝までずーっと寝てるから、ぜったい! 起こさないでね」
「かしこまりました」
リリアナは大きな声でロフに言った。周りによく聞こえるような、通る声で。これで、リリアナは今日、部屋から出てこなくてもおかしくはない。
わざとらしくその言葉を何度もロフに言って聞かせ、リリアナは部屋へと戻ったのだ。
すぐにリリアナは、自分に用意された服の中で一番質素な服に着替えた。
「いい? ロフ。今日の私は疲れてずっと眠っているからそのつもりでいてね」
「承知いたしました」
「けっして部屋には誰も入れてはいけないわ」
「はい。私はご一緒に連れて行ってはくれないのですね」
「だって、あなた目立つもの」
どんなに質素なかっこうをしていても、この華やかな顔を消すことは難しい。街で目立たないわけがなかった。その前に、ロフを連れて屋敷を出ることすら危ぶまれる。
「仕方ありません。お嬢様、無理はなさいませんよう。私は助けることができません」
「大丈夫。私だって力はあるわ」
聖女の力など大したことはないが、何の力も持たない人間相手ならば問題ないだろう。
「さて、と。行くわ」
「お嬢様、ここは二階でございます。玄関までの道のりで皆に見つかるかと」
「もちろん、正面から出かけるつもりはないわ」
「窓から出るのも危ないですよ」
「そんな危険な真似もしないって」
ロフは二人の出会いを思い出しているのだろう。シーツで作ったロープ。そして、途中で落ちてしまったことを。
リリアナは水差しを手にすると、ベッドの上で逆さまにした。ベッドに染みができる。
「これでよし! ロフ、これを片づけて」
リリアナは濡れた布団とシーツを剥がすと、リリアナはその中に入った。布団の中で小さく丸まる。布団越しに「なるほど」というロフの声が聞こえた。
汚れた衣類や布団はリネン庫に集められる。そして、次の日の朝、全て洗われることになっていた。リネン庫は一階の端。この時間ならば人通りも少ない筈だ。
「畏まりました。お嬢様はじっとしていらしてくださいね」
「もちろん」
ふわっと身体が浮く。慣れないかっこうでロフに抱えられているせいで、変なところに力が入った。重力に負けた布団がたらりと下がり、床から跳ね返る光がリリアナの視界を明るくする。
慌てて垂れ下がった布団を引っ張り上げた。ロフは器用に扉を開け、颯爽と廊下を歩く。その振動で上下に身体が揺れた。
「あら、ロフ様。布団なんて抱えてどうなさったのですか?」
「お嬢様の布団に水を零してしまいまして」
「ロフ様でもそのような失敗をなさるのですね」
「ええ」
「私が持って行きましょうか? リネン庫は遠いでしょう?」
「大丈夫ですよ」
「けれど、一人ではお嬢様もお寂しいのでは?」
「お嬢様は疲れてお休み中ですから。今日は寝続けると宣言なさっておりました。ですから、お嬢様の部屋の周りはお静かにお願いします」
「そうでしたか。承知しました。皆にも伝えておきますね」
ロフの歩くスピードは変らない。しかし、会話は止まらなかった。察するに、一人の侍女がロフに併走して歩いているのだろう。
バレないか気が気でない。リリアナは息を殺した。
「ロフ様はお嬢様に聖女の力があると噂になって、大変ではございませんか? もし、私に何かお手伝いができることがあれば」
「今のところいつもと変りません。気遣いは不要です。ですが、見知らぬ者を招き入れる不届き者が現われたようですから、気をつけねばなりませんね」
「まあ! そんなことが!?」
「手引した者がいるのでしよう。お嬢様の前に現れました。旦那様が早々に処理しましたが」
ロフは淡々と語る。リリアナも知らない事実にリリアナは声を上げそうになった。
(なるほど。だから、頑なにだめって言ったのね)
屋敷にまで押しかけた人が現れたとなると、ルーカスも気が気じゃないのだろう。さっき会ったときは気にしたそぶりは見せなかったが、それはいつものこと。彼は表情も変わらないし、言葉も少ない。
「では、お嬢様も不安でしょう。やはりこれは私が持っていきますので、お嬢様の元にいてあげてください」
侍女がそう言うと、布団に力が加わった。
「あら? 何か中に入っておりますか?」
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