第50話 グランツ家のあくどい商売

 グランツ邸に平穏が訪れたのは、あれから十日ほどたったあとだった。もう、屋敷を訪れる者はいない。ルーカスが大々的に大々的に公表した内容が原因だった。


『聖女の力を持つ娘、リリアナに相談する場合、相談料として金貨十枚。貴族はその百倍。王族はその千倍を要する』


 金貨十枚とは、首都で働く平民にとって、生涯働いて稼ぐ金額と同等だ。つまり、法外な値段設定なのである。ここで肝になるのがその値段が『相談料』だということだ。相談して、受けるかどうかはリリアナ及びグランツ家が決定し、聖女の力を貸す場合別途料金が必要になる。


 今のところ、希望者はゼロだった。法外な金額設定とともに、リリアナが病気の赤子を見捨てたことなど、尾ひれがついて噂が広まったようだ。


 グランツ家はあくどい商売を始めたともっぱらの噂になった。グランツ家が悪者になればなるほど、なぜか今は亡き聖女が神聖化されていくから不思議だ。聖女もグランツ家の令嬢であったことなど、みんな忘れてしまったのだろうか。


 無事、平和を取り戻したわけだが、リリアナは不服だった。生クリームがたっぷりのったケーキを頬張りながら、唇を尖らせる。


「私よりお父様の方が目立ってる気がする」

「仕方ありません。影響力のある方ですから」

「計画通りことが進んでよかったけど、家族が悪く言われるのはいやなの」


 今世は全て家族のために。そう決めたというのに、批判を自身が受けるようなことをした。


 生まれ変わってから、守られてばかりだ。リリアナはロフのこめかみの包帯に手を伸ばす。


「ロフも、あのとき避ければよかったじゃない」

「お嬢様をお守りするにはあれが最善だったかと」


 石が投げられたとき、ロフはあえて当たりにいった。間違いなくリリアナに向かって石は飛んできたのだ。


 ロフは満面の笑みで笑った。


「こういうのは身を挺して騎士が守るものなのですよ」

「……も、もしかして、それも本で読んだわけ?」

「ええ、まさか読んだ本を早速体現できるとは思いませんでした」


 どこか恍惚とした表情を浮かべる。リリアナは自身のこめかみを押さえた。


(これは、重症だわ……)


 ほんの少しの罪悪感も消えた。魔王なのだから、この程度の傷どうってことないのだとしても。リリアナを守って傷を負ったのだとしたら罪悪感だってあった。


「本のとおり、みなが私を勇者のように褒めてくださいましたよ。やはり、人間が書いた本は面白いですね」


 ロフは興奮気味にその内容を語った。騎士が姫を護る、いわゆる恋愛小説なのだが、彼は恋愛の部分には注目をしていないようだ。本から知り得た情報が正しいかどうか。これに重きをおいているように感じる。


 今回は身を挺して姫を守ったときの行動で、周りがどんな反応を示すか。だろうか。


 リリアナは苦笑を浮かべた。


「本当、心配して損した」

「お嬢様に心配かけるなど、執事失格でございますね」

「本当よ。本の検証とはいえ、体を傷つけることはやめて。心臓がいくらあっても足りないわ」


 今回は石だったが、次は刃物かもしれない。魔王だからといって、死なないわけではないはずだ。


「かしこまりました。次からはお嬢様にご相談いたしましょう」

「相談しても許可はしないと思うけど。本当、グランツ家にはロクな男がいないんだから」


 リリアナは真っ赤な苺をフォークで突き刺す。クリームに沈みながら苺はフォークの餌食になった。


「お父様があんなことをするなんて。昔じゃ考えられなかったのに」


 聖女の兄だったルーカスはいつも、妹を心配こそすれ、他を敵に回すことはなかった。敵を作ることもなかったけれど、派閥を作ることもない。良くも悪くも中立派だ。


 現在も中立であることは間違いないだろう。平民も貴族も王族すら敵に回したのだから。


 冷酷になったという評はあながち間違いではないのだろうか。しかし、リリアナの頭を撫でる手はけっして冷たくはない。


 ミミックがリリアナの周りをちょろちょろと動く。白い影が右往左往するのが視界に入ってきて、考えるのをやめた。


「考えてもしかたないよね。今のお父様がリリアナのお父様だもん」


 ミミックを抱き上げる。ミミックは真っ白な体をくねらせ、リリアナの首に巻きついた。


 前世で聖女と呼ばれるようになってから、グランツ家は話題の中心にいるようになったように思う。ただの伯爵家の息子から、聖女の兄、聖公爵。そして、聖女を殺した魔女の夫。しまいには聖女の生まれ変わりの父である。


 ルーカスは一番の被害者だろう。家族だからといって巻き込まれてしまった彼にどう償えばいいのかわからない。今だって、リリアナを守るためにあんな悪役のような宣言をしたのだろうから。


「はぁ……。親孝行ってどうやってやるんだろう」


 つい呟くと、ロフがリリアナの隣についと並んだ。


「お嬢様が元気に育つのが親孝行かと」

「それも本?」

「ええ、もちろんです。親にとって一番の孝行は子の成長だと書いてありました」

「それはそうかもしれないけど、子どもとしてら手っ取り早く実感したいものでしょ?」


 元気に育つのがリリアナが子としてできる親孝行ならば、聖女としての親孝行もしたい。前世の分を含めれば、ルーカスから今まで受けた恩は大きすぎるくらいだ。


 リリアナはもう一度ため息をついた。瞬間、ミミックの耳がピクリと動く。彼の目はまっすぐ窓の外へと向かっていた。


 ロフの視線も外へと向かう。


 リリアナはそっと窓に歩み寄った。レースのカーテンをわずかに左右に開いて、背伸びをして窓の外を覗き込む。


 リリアナの部屋からはちょうど正門が見渡せるのだが、門の鉄柵の向こう側には大勢の人が集まっていた。


「なんでぇ!?」


 リリアナはつい、叫び声を上げた。

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