第40話 相棒の居場所
リリアナは馬車の中、満足げに足をプラプラと揺らした。
「王宮には連れて行けない」というルーカスと、「絶対に行きたい」というリリアナ。二人の攻防はエリオットの登校時間まで続いた。
ルーカスは国王に呼ばれていたらしく、その謁見は彼のみが許されている。娘であるリリアナすら同行はかなわない。彼は五才の子を独りにするのが心配だったのだろう。「謁見のあいだ、一人になってしまう。ここにいたほうが遊び相手がいる」とリリアナを説得した。
しかし、リリアナにとって、王宮で一人取り残されることは好都合だ。自由に動き回れる時間があるということに他ならないのだから。
ルーカスの説得をいつもの『おねだり』で黙らせ、「謁見中はロフとおとなしく待っている」という約束のもと、リリアナは同行の許可を勝ち取った。
馬車の隣に座るルーカスの表情はリリアナからはよく見えないが、いつもと変わらず人形のように眉一つ動いてはいないのだろう。それでも、心は苦々しい気持ちでいっぱいかもしれない。
彼はしきりにリリアナの頭を撫でていた。まるでそういうカラクリの人形のようだ。せっかく侍女に結ってもらった髪が……。などと、下世話なことは言わない。今の彼なりの愛情表現だと、リリアナは認識している。
「リリアナ。王宮は広い。だから、むやみに歩いてはいけない」
「ロフが一緒だから大丈夫」
「ロフも王宮には慣れていない」
「ロフはね、何でも知っているから大丈夫なの」
ロフが知らなくても、リリアナは王宮のことなら知っている。さすがに王族の暮らす区域のことまでは知らないが、謁見の間の場所も、王宮で働く者たちの顔までしっかりと記憶にあった。
馬車を出て、王宮の廊下を歩くあいだもルーカスは何度も、「おとなしく待っているように」と言っていた。そのたびに、リリアナは「はーい」と分かっているのだか、分かっていないのだか分からない返事をする。
分かってはいる。しかし、分からないふりをするのが、リリアナというものだ。
リリアナは、ルーカスを見送るとすぐさま踵を返した。ロフはリリアナの後ろをついて歩く。
「本日はどちらまで?」
「これから、ミミックを探しに行くわ」
「ミミック……?」
「白イタチの姿をした精霊よ。私の……。聖女の相棒なの」
「今は私がいるではありませんか」
ロフはさらりと言った。あまりにもさらりと言うものだから、相槌を打つところだった。リリアナは足を止め、くるりと振り返る。
「いつの間に私の相棒になったのよ」
「聖女と精霊、お嬢様と執事。どちらもとてもよい組み合わせだとは思いませんか?」
ロフは笑みを浮かべる。彼の考えていることはよくわからない。また、何かの本の受け売りだろうか。それとも、彼の本心なのか。
リリアナは彼の言葉の真意がわからず、眉を寄せた。
「まあ、いいや。相棒でもなんでもいいから、ミミックを探すのを手伝って」
「私を相棒とお認めいただけるのですか?」
「うんうん、認める。だから、白イタチのね……」
「では、王宮の者を総動員して探させましょう」
「ちょっと! 力を使うのはなし!」
リリアナは叫んだ。誰もいない王宮の廊下とはいえ、声が大きすぎだ。自分の口を小さな両手で塞ぐ。そんなときでも、ロフは澄ました顔をしている。
「人員は多ければ多いほどいいかと思いましたが」
「人間を操ろうとするのはなし。自力で探すの。……まったく、すぐ危険なことしようとするんだから」
「ほんの少しの時間体を借りる程度のことです。人体への影響は少ないですよ。少し、筋肉痛になる程度でしょうか。聖女の力を持つリリアナお嬢様がいれば、危険度は格段に下がります」
「だめだめ。危険度が低くても、ほんのちょっとでもだめ。もし、人に見つかって大騒ぎになったらどうするの?」
「お嬢様は、私の心配をしてくださっているのですか?」
「そうよ、いないと困るの」
こんなに都合のいい執事、他にはいない。リリアナの前世を知り、そのためにどんな行動を取っても驚かない。人間でないこと以外を除けば、今のところ最高に都合がよい。
リリアナが大きく頷くと、ロフの目が潤んだ。かの執事が目を潤ませた姿など今まで見たことがあっただろうか。
深い紫の瞳に輝きが増す。夜に訪れた湖の如し輝きにリリアナはたじろいだ。
「……なんということでしょう! お嬢様が、私を必要としている……! ロフは感激しております」
豊かな感情表現にリリアナは目を細めた。最近、表情筋が死んでいる父と、筋肉が強張ったままの兄のあいだに挟めれていたせいだと思う。
彼は魔王でありながら、天にでも祈るように両手を胸の前で合わせた。今にも天にでも飛んでいきそうな出立ちだ。魔王だが。
「なんでもいいから行こう! 時間がないの!」
リリアナはロフの袖を引っ張る。この体は小さすぎる。力もない。ロフを動かすには言葉で促すしかなかった。
「かしこまりました。まずはどちらに参りましょうか?」
「そうね……。精霊は自然が好きなの」
ミミックと出会った場所も森の中だった。王宮に来てからもミミックは自然を求めていた。小さな花を飾ればその側に。何よりも、木々や花が大好きなのだ。
「だから、もしミミックがまだこの辺にいるとしたら……」
リリアナは廊下の先にある一際輝く光に視線を向けた。
「庭園に行くわ」
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