第34話 リリアナvsエリオット(第2回戦)
「にくい……! この扉がにくい……!」
リリアナは何度もドアノブを握り強く引く。びくともしない。内側から鍵がかけられていることは間違いないだろう。
幾度となく扉を叩き、存在を主張しても開かなかった。
まるで鉄壁の要塞だ。
「お兄様」
トントントンと扉を叩く。
「遊ぼ-」
トントントンと何度も叩く。
返事はなかった。まるで、その中に人などいないというような静けさだ。まだ、苛立ちをぶつけられたほうが対処のしようがあるというもの。
(グランツの男は頑固過ぎる!)
リリアナは腕を組んで扉を睨んだ。
父親であるルーカスだってそうだ。五年、娘と顔を合わせることもしなかった。
よくよく思い出してみれば、前世で優しかったころも、頑固の片鱗はあったように思う。ただ、兄であったとき、ルーカスは妹や妻には甘かったし、その頑固さも気にはならなかった。義姉も「こだわりが少し強いのよ」と笑う程度だったと記憶している。
エリオットは間違いなく、そんなルーカスの頑固なところを受け継いだのだろう。彼の中には「妹はいないものとする」というルールがあるようだ。
帰って来たとはいえ、エリオットは朝から夕刻までは学院に通う。リリアナがエリオットと接触できるのは学院に行く前か、帰ってきたあとだ。
それから、リリアナとエリオットの攻防戦は数日続いた。
朝、起きてリリアナはすぐさま食堂に行くのだが、エリオットは朝食を終え、学院に行ったといわれる。夕刻もリリアナが寝てしまうような時間に帰ってくるばかりだった。
避けられているのは分かる。一度、エリオットの部屋に侵入して帰りを待ったことが会ったが、彼はその日、客用の一室を使用してリリアナとの接触を回避していた。
週末、学院が休みだと聞いたリリアナは、嬉々としてエリオットの部屋を訪ねた。しかし、彼は既に出かけた後だという。
がっくりと肩を落とし、部屋に戻ってきたリリアナにロフは紅茶を差し出す。
「逃げ足が早い……」
「そういう日もございますよ」
ロフは涼しい顔で言う。彼にとって、エリオットがどうであろうと関係はない。興味がないのだろう。
リリアナが腕を組んで唸ると、ロフは小さなため息を吐いた。
「リリアナお嬢様がお望みでしたら、私の力で優しい兄にすることも可能でございますよ」
「だめだめだめ! お兄様にはぜっったい手出ししないで! 私がどうにかするから!」
「手っ取り早いと思うのですが」
我儘だな、とでも言いたげなロフに、リリアナは苦笑を浮かべた。
「私は無理にみんなと家族ごっこがしたいわけじゃないの」
「なるほど」
ふむ、と頷くロフは何かを考えているようだった。
「ですが、よろしいのですか?」
「何が?」
「あと数日もすれば、寮の設備も直ってしまいますよ。お見受けしたところ、エリオット様との進展率は0パーセント」
「痛いところを突くのね」
「もう一度、設備を壊してまいりますか?」
「だめよ、あまり迷惑をかけるのはいけないわ」
「大丈夫ですよ。聖カルフ学院の運営の半分は聖グランツ家からの寄付で成り立っておりますから」
「半、分……!?」
リリアナは目を丸くした。そんな財産がどこから出てくるというのだろうか。たしかに、グランツ家が伯爵から聖公爵に陞爵(しょうしゃく)されたとき、主を失った領地を賜った。とはいえ、学院の運営に必要な資金の半分を寄付できるほどの余裕が生まれるとは思えない。
借金はないが贅沢ができるほど裕福かと言われると、そうでもなかった。魔王討伐から帰還したときに、聖女が手に入れた報奨金がある。しかし、それはグランツ家に渡す前に殺されてしまったのだ。
貴族の寄付は学院だけではない。今はエリオットが学院に通っているから多額の寄付をしているという考えもあるが、それにしても半分の寄付は聞いたことがなかった。
「調べたところによりますと、この五年でグランツ家の資産はだいぶ増えたようでございますね」
「へぇ……」
「旦那様が領地運営の他に手広く事業を興し、大成功しているようです」
リリアナはぽかんと口を開いた。
「ですから、寮の設備を何十回怖そうとも問題ございませんよ。工事を担う職人には仕事が増えて、感謝されるかもしれません」
「いやいや、それとこれとは話が別だから」
(何度も同じ手は使えないしなぁ)
リリアナはテーブルに肘をつき、はぁと大きなため息をついた。
重い空気を押し流すように、扉が叩かれた。やや軽快な音の後、侍女が顔を出す。
「おはようございます。お嬢様は早起きでいらっしゃいますね」
にっこりと笑う侍女に、ロフが小さく礼を返す。ロフの顔を見るやいなや、侍女がポッと顔を赤らめた。彼女はいつもロフを見ると頬を染める。ロフがいわゆる「美男子」であることは知っていた。
最初のうちは、「まだ慣れないのだろうな」くらいの微笑ましい気持ちで見ていたけれど、いつまで経っても慣れないようだ。毎日顔を合わせても彼女は頬を染める。
ロフの魅力ゆえか、侍女が特別な感情を彼に抱いているのかはわからない。
侍女は洗濯物をしまいながら、リリアナに問いかけた。
「坊ちゃまにお会いできませんでしたか?」
「うん。お兄様ったら、早起き過ぎるの」
「きっと、久しぶりで坊ちゃまも緊張しておいでなのですよ」
侍女はいつもリリアナを慰める。彼女はリリアナが生まれた後に雇われたからか、グランツ家の事情をよくわかっていないようだった。
「お兄様が寮に戻る前にお話したいのに」
リリアナが子どもらしく眉尻を落として悲しめば、侍女は同じように眉尻を落として頷いた。
リリアナはじっくりと日数をかけて、使用人を味方につけてきた。使用人達にはリリアナが「母を亡くし、家族にも構ってもらえない可哀想な子」に映っているように仕向けたのだ。
数日、エリオットの動向を教えてもらっている。それでもエリオットは巧妙にリリアナを避けていた。
「お嬢様、坊ちゃまは本日、お部屋で夕食と摂られるとのことでしたから、一緒にお運びできるようにいたしましょうか?」
侍女の言葉にリリアナは目を輝かせる。
「本当?」
「はい。坊ちゃま担当の方が、部屋で摂られると言っておりましたよ」
「じゃあ! 私がオッターと一緒にパンケーキを焼くわ!」
「まあ、素敵ですね。きっと、坊ちゃまもお喜びになりますよ」
侍女は優しくリリアナの頭を撫でた。
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