第32話 リリアナvsエリオット(第1回戦)
二人の少年はまじまじとリリアナを見つめた。
「まじか」
「エリオット先輩にこんなちっちゃい妹いたのか」
「よく見たら目元とか似てるかも」
「そうか?」
二人は楽しそうに、リリアナとエリオットの共通点を見つけ出そうとしていた。門限に間に合った彼らは悠長に話をしている。しかし、リリアナはゆっくりしている暇はなかった。
リリアナは二人の袖をくいくいと引いて話を止めた。
「お兄様のところに行ける?」
「んー、どうする?」
「でもなぁ……」
「さすがに五才の子なら嘘はつかないだろ?」
少年たちが口にする言葉にリリアナは首を傾げた。同じ寮に住んでいるのに、悩む必要があるのだろうか。
「ごめんね、リリアナちゃんが悪いわけじゃないんだ。エリオット先輩……お兄様はさ、すごい人気者で、親族を名乗って近づこうとする悪い奴が多くてね」
「こんな小さな子に言ったってわかんないって。とにかく親御さんも心配してるだろうし、エリオット先輩のところに連れて行こうぜ」
二人の少年は覚悟を決めたのか、頷き合った。
(よし、あともう少し。順調すぎて怖いくらいだわ)
リリアナは計画を頭の中で反芻する。まずは、顔を見た瞬間に泣いたふりをして、足に抱きついて離れなれない。そうすれば、ルーカスが迎えに来るあいだ、エリオットがリリアナの面倒を見ることになるだろう。
(あとはなるようにしかならない!)
行き当たりばったりなのはいつものこと。リリアナは「とにかくやる」と「やってみてから考える」をいつも一組で持ち歩いている。
寮の三階、一番奥の部屋。そこがエリオットに与えられた部屋らしい。貴族の寄付で成り立っているだけあって、廊下の作りもしっかりしている。色褪せた絨毯が歴史を感じさせた。
少年の一人が緊張した様子で扉を叩く。トントントンと三回その音は小さかった。
(そんな大きさじゃ聞こえないんじゃないかな)
しかし、すぐに扉がほんの少しだけ開かれる。扉の隙間から顔を出したのは、間違いなくエリオットだった。
エリオットは足元に立つリリアナには気づいていない様子で、二人の少年の顔を交互に見る。
「なに?」
不機嫌そうな声が廊下に響く。緊張した様子で、二人は姿勢を正したまま動かない。
「えっと、先輩にお客様というか……」
「迷子をお連れしたと言いいますか……」
彼らはそう言いながら視線をエリオットから、リリアナに移す。その視線を追ってエリオットが下を向いた。その時だ。
「おにいさまぁああああっっっ」
とにかく大きな声で叫んで、そのまま細く開いた扉をすり抜け、足に絡みつく。
涙は出てこないけれど、顔を足に押し付ければ、それなりには見えるのではないか。
「先輩の妹さん、繁華街の方で迷子になってたみたいで」
「寮母さんにグランツ家に連絡してもらうようにしようと思うんですけど、大丈夫ですか?」
二人の少年がエリオットにお伺いを立てているあいだも、リリアナは叫び泣いた。
「こいつも連れて行け」
「いやぁ。さすがに泣いている子を連れて行くのはちょっと……」
「私たちが責任を持って寮母さんにお願いしてくるので、先輩は久しぶりの妹さんとの会話を楽しんでください!」
二人は叫ぶと、走り出した。
エリオットの大きなため息が聞こえる。それでもリリアナは顔を上げなかった。
「おい」
リリアナは呼びかけに対して、抱きつく力を強くする。
はぁ、と大きなため息が再度頭の上から降ってくる。扉が閉まる音が聞こえた。
エリオットはリリアナが抱きついたままの足を動かして、部屋の奥へと移動する。のっそりとした動きだったが、リリアナは決して離さなかった。
「おい」
「いや、ここにいる」
「邪魔」
「お父様が迎えに来るまでここにいる」
何度目かのため息が聞こえる。呆れたような、諦めたような、そんなため息だった。
「好きにすれば。だから、離れろ。離れないなら外に出す」
リリアナはエリオットの言葉を聞いて、体を離した。
エリオットを仰ぎ見る。彼は父親によく似た顔を歪め、リリアナを見下ろす。
「嘘泣きか」
エリオットは鼻で笑い、それだけ言うと椅子に座り、本を広げた。分厚い本を読み始める。
リリアナはそっとエリオットの側に近寄ったが、彼は何も言わない。一度もリリアナを見ることなく、ただ、本に書かれた文字を追っていた。
「お兄様……」
返事はない。
「お兄様、あのね」
エリオットは眉一つ動かさない。
(こいつ、なかなか手強い……)
反発されれば対応の仕方も色々と模索できるが、いない者として扱われると難しい。リリアナがどんなことをしてもエリオットは反応しなかった。
攻防戦は数十分続いたが、エリオットは何も言わない。それが、彼の強い意思のように感じた。おそらく、怒り。リリアナに対するものなのか、それとも他にあるのか。
リリアナはエリオットの隣に腰を下ろした。彼の体に背を預ける。
暖かい。
(お兄様が一人を望むなら、手を引くべきなんだろうけど)
トントントンと扉が叩かれた。そして、すぐに聞き慣れた少年の声が響く。「先輩、リリアナちゃんのお迎えが来ました」と。はっきりと聞こえた。
「いけ」
エリオットは本を読んだままそれだけ言った。「もう、自分の仕事は終わった」と言わんばかりだ。
(タイムアウト。今回は完全に私の負けだわ)
リリアナはドアノブを回し、全身を使って部屋を出た。扉の前には少年二人とロフとルーカスが待ち構えていた。
(忘れてた……)
ルーカスの手がリリアナに伸びる。思わずリリアナはルーカスの足に抱きついた。涙は出ない。けれど、顔さえ見せなければ、泣いているふりができるだろうか。
「リリアナ」
ルーカスの低い声。大きな手がリリアナの頭を優しく撫でた。
「ごめんなさい……」
「無事でよかった」
ルーカスはそれだけ言うと、ただ頭を撫でる。それしか子どもの接し方を知らない人形のように、機械的に何度も。
その後、廊下は少しだけ騒然となった。グランツ聖公爵であるルーカスに挨拶をしたい貴族の子息達や、リリアナを見に来た人が集まったのだ。
寮母に怒られるまでのあいだ、パーティ会場になった。
もみくちゃにされそうになったリリアナが集団から出ると、ロフがゆっくりと歩み寄る。
「心配いたしました」
「涼しい顔で言う台詞じゃないわ」
ロフはにこりと笑った。彼はリリアナの行動などお見通しだったのだ。今の今までルーカスと一緒に探しているふりをしていたのは間違いない。
「成果はございましたか?」
「そのことなんだけど、ロフにお願いがあるの」
「何なりと」
ロフは膝をつき、リリアナに視線を合わせた。リリアナはロフの耳に囁くような指示を出す。
(絶対、振り向かせてやるんだから)
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