第31話 計画的迷子

 リリアナはルーカスと共に来た道を戻る。夕刻が近づいてくるにつれて、人の数が増えていた。リリアナたちの集団を避ける余裕がなくなってきたのか、目の前も横も後ろも人が多い。


(今なら迷子のフリをして学院に行けるかも)


 あの少年たちについて行けば、学院の寮があるはずだ。


 悪意のない人の波が押し寄せる。足元の子どもの存在など誰も気にとめる余裕はない。学院が初等部の生徒に繁華街の出入りを禁じるのも頷ける。


 リリアナがただの五才の子どもであったならば、今ごろ不安で泣いていただろう。


 ルーカスがリリアナを抱き上げようとして一瞬手を離した。その隙にリリアナは人混みに流された風を装いルーカスの側から逃げ出したのだ。


「リリアナッ!?」


 ルーカスの大きな声が聞こえる。


(お父様、ごねんね……!)


 リリアナは心の中で誠心誠意謝罪をした。


 人々の足のあいだをせっせと走る。少しでもルーカスから離れなければならない。エリオットに会えるかもしれないのだ。


 ルーカスの声は聞こえない。だいぶ離れられることができた。人混みを抜けたリリアナは学院に続く道を真っ直ぐ走る。


(さっきの少年たちは……)


 彼らはまだ買い物を終えていないようだった。ならば走れば追いつくだろう。


 二人の少年を探すためにキョロキョロと当たりを見回していると、商人に声をかけられそうになった。それを走って回避し、少年を探す。すると、繁華街の出口の近くで彼らの姿を見つけた。


 リリアナは勢いよく走り、少年に飛びつく。


「うわっ!?」

「え!?」


 二人の少年が声を上げた。


(なんて言うか考えてなかった。突然「お兄様のところに連れてって」じゃおかしいよね)


 リリアナは少年の体に抱きついたまま、思案した。


「お嬢ちゃん……? どうしたんだい?」

「もしかして迷子かな? 服装からしてこの辺の子じゃないだろう? 親御さんは?」


(そうだ。迷子ってことにしよう)


 リリアナはぎゅっと目に力を込める。乾いた目に涙はたまらない。結局、二人に見えないように欠伸をして、目を湿らせた。


 潤んだ瞳で二人の少年を見上げる。


「お兄様じゃないの……?」

「お兄様? おい、おまえ、こんな可愛い妹いたのか?」

「いるわけないだろ? お嬢ちゃんはお兄様と来たんだ?」


 人のいい少年たちはしゃがんでリリアナに視線を合わせる。リリアナは頭を振った。


「お父様とデートしてた」

「お父様とはぐれたの?」

「うん。お兄様の制服と同じだったから……」


 リリアナは二人の少年の袖を引っ張る。実際、エリオットの制服姿は見たことがない。しかし、嘘も方便だ。


「お兄様も学院の生徒なのかな?」


 少年の言葉にリリアナは頷いた。そのとき、商業地区の中心部にある時計台の鐘が鳴った。ゴーンともボーンとも言えない、鈍い音が響く。


 少年たちはその音を聞くやいなや、顔を見合わせた。


「おい、どうする? そろそろ門限だ」

「でも、こんな小さな子放っておけないよな」

「だけどさ、ペナルティは受けたくないし」


 リリアナは二人の袖をしっかりと掴んだ。ここで逃げられたら、迷子になり損だ。それを、少年たちは不安にさせたと勘違いしたのだろう。


「ああ、ごめんごめん。大丈夫だよ。こんなところに置いていったってばれたら、寮母さんに叱られるし」

「そうだ。とりあえず、寮に連れてって、寮母さんにお願いしたら?」

「そうだな」

「お嬢ちゃん、俺たちの寮に一緒に行こう。そこの寮母さんがお父様のところに連れて行ってくれるよ」

「本当?」

「ああ」


 少年たちはにこりと笑った。二人の少年に両手を引かれ、学院の寮へと向かう。二人は気さくで優しい。リリアナを不安にさせないように、何度も声をかけてくれた。


「お嬢ちゃん、名前は?」

「リリアナ」

「リリアナちゃんかー。何歳?」


 リリアナは一度立ち止まり、少年から手を離すと、大きく手を開いて「五」の数字を示した。


「五才か~。てことはリリアナちゃんのお兄様はまだ初等部かもね」

「年の離れた兄妹なら中等部かもしれない」

「その可能性もあるか」

「リリアナちゃんのお兄さんは名前、なんて言うの?」

「エリオット」


 リリアナが兄の名を告げると、二人の少年はピタリと足を止めた。彼らは顔を見合わせる。


「もしかして、グランツ先輩のことだったりして」

「いや、エリオットなんて名前、他にもいるって」

「まあ、珍しい名前でもないしな」


 乾いた笑いが飛び交った。


(グランツ先輩。ってことは、二人はお兄様のことを知っているのね)


 それなら好都合。寮母さんとやらよりも、直接エリオットのところに連れて行ってもらったほうがいい。


 リリアナは寮の門を見上げた。前世では馬車で通っていたため、寮とは無縁だ。厳かな雰囲気が漂っている。高い塀で囲まれた寮。煉瓦造りの建物は古くからあるらしい。


 リリアナは少年二人を見上げて、笑顔で言った。


「そう! 私のお兄様の名前は、エリオット・グランツよ!」

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