第30話 お父様とデート

 グランツ邸は王都の西北に位置し、王都の中でも田舎である。曾祖父の代からこの場所に屋敷を構えていた。聖公爵に陞爵(しょうしゃく)してもそれは変わらなかった。


 グランツ邸から走り出した馬車にリリアナは揺られている。


 この馬車は伯爵だったころにはなかったものだ。華美ではないが頑丈そうだというのが第一印象だった。リリアナがこの馬車に乗るのは二度目。一度目は聖女の追悼式への行き帰りだ。


 初めて乗ったときとは別の席にリリアナは腰を下ろしていた。相変わらず、視線は窓の外だったが。


 リリアナはルーカスの隣に座った。リリアナが望んで座ったというよりは、ルーカスが半ば強引に隣に座らせたのだ。


 二人で並んでも狭くはないし問題はない。


(久しぶりだなぁ)


 リリアナはつい、足を揺らす。お出かけ用の可愛いワンピースを着て、髪の毛も結ってもらった。


 ルーカスに「デートがしたい」とおねだりしたところ、あっさり承諾されたのだ。仕事を終えたあと、昼を過ぎたあたりから夕刻までなら。という約束で。


 ちょうど、学院の生徒が授業を終えた時間だ。ルーカスは公園などの落ち着いた場所を考えていたようだが、リリアナは断固として拒否した。繁華街を見たいと、駄々をこねたのだ。


(子どもらしく駄々をこねるのは、ちょっと恥ずかしかったけど、終わり良ければ全てよしってことで)


 五才の特権なのだと、自分に言い聞かせる。リリアナの我儘にルーカスは困惑したが、ロフの「お嬢様は旦那様とお買い物を楽しみたいのでしょう」という言葉であっさりと頷いたのだ。


 鼻歌を歌いそうになるのを我慢しながら窓の外を見る。見慣れた景色が通り過ぎていった。


 リリアナは馬車を降りてすぐに後悔することになる。


「お父様……」


 リリアナが少し遠慮がちに声をかけた。ルーカスを見上げると、彼は、無言のままリリアナの言葉を待っている。


(さすがに、仰々しいというか)


 リリアナはルーカスから視線をずらし、当たりを見回す。屈強な男が数名、リリアナとルーカスの周りを囲んでいた。


(王族の護衛じゃないんだから……)


 王族の護衛でもここまでわかりやすいものはない。リリアナの言わんとすることがわかったのは、リリアナの後ろに立っていた侍女だった。彼女はしゃがみ、リリアナと視線を合わせると、穏やかな声で言う。


「旦那様はお嬢様がご心配なんですよ」


 侍女の笑顔もどこか引きつっていた。目は口ほどに物を言う。ルーカスの顔をまともに見ることができないほどなのに、今の状況はとても恐ろしいだろう。リリアナは同情した。


 ルーカスとリリアナ。そして侍女とロフ。ルーカスの執事も側にいる。ルーカスやロフの容姿は目立つ。ただでさえ目立つのに屈強な男たちに守られた状態は見世物同然だった。


 ルーカスもロフも気にする素振りは見せない。自身が目立っていることに気づいていないだけかもしれないが。行き交う人々が、少し遠巻きにリリアナの集団を避けていく。


(目立ってる……。すっごい目立ってる……)


 リリアナは雑念を飛ばすために、頭を横に振った。


(とりあえず、現地調査に集中しよう!)


「お父様、こっちに行こう!」


 目指すは学院に近い場所だ。リリアナは無邪気な振りでルーカスの手を取り走る。他の地域や国から来た商人は、この商業地区である繁華街に店を構える。


 異国の品は、王都の民に人気が高い。庶民向けの物から、貴族用の高価な物まで。貴族の多くは商人を屋敷に呼び出すので、商業地区に足を運ぶことは少なかった。しかし、自分の足で歩き、掘り出し物を見つけたいという変わり者がいないわけではない。


 だから、庶民の中に貴族が混じっていることなど稀ではなかった。


 商人たちもそこは心得ているのだろう。庶民には安価で手に取りやすい物を見せ、金を持っていそうな者を見つけると、「いい物がある」と言い、奥の商談室へと迎え入れるのだ。


 ルーカスはそんな商人のかっこうの的だった。


 金を持っていそうな身なり。護衛の数、質の良い服に身を包む使用人たち。商人が何人もルーカスに声をかけるが、彼は返事すらせずにリリアナばかりを見つめていた。


「お父様、あっちのお店見たい!」


 リリアナはキラキラとした目を向け、学院のある方を示す。リリアナ自身、買い物をするつもりはない。だから、商人の長い話を避けるようにしてルーカスを誘導した。


 本当は真っ直ぐ学院へと向かいたかったが、それではルーカスに怪しまれてしまう。適当な店を見つけては商品を手に取り選ぶ素振りをする。可愛らしい髪飾りを手に取った。


「お嬢ちゃん、それが気に入ったかい?」


 商人の男から人のいい笑顔で声をかけられた。


(あまり話し込むと奥に通されちゃう)


 リリアナは笑みを返すと、髪飾りを置いた。ルーカスの手を強く握り、「あっちのお店も見たい!」と見上げる。


 ルーカスはただ、頷くだけだ。


 そうやって、色んな店を見ながら、繁華街の東側まで歩いた。まだ学院には距離があるが、ちらほらと学院の制服を着た少年や少女の姿を見かける。


 繁華街の東側は学院の生徒を意識した品揃えになっていた。本屋や雑貨など、若者が興味を持つような物を揃える店が多い。そのせいか、制服以外の人も年齢層は低めだ。小さな子どもが喜ぶ物が少なくなって、先に進む理由が思いつかない。


「ここにはリリアナが見て楽しい物は少ない。戻ろう」


 あまり口出しをしないルーカスが落ち着いた様子でリリアナに声をかけた。引き際は大切にしなければならない。


(今日の調査はここまでかぁ)


 リリアナは「はーい」と元気に返事をすると、学院へと続く道に背を向けた。次は計画をきちんと練ってこよう。そう、心に決めて。


 通りすがりの学院の生徒が「寮の門限のこと考えたらそろそろ買う物決めなきゃ」と話しているのが聞こえてくる。


 リリアナは歩きながら会話を続ける二人の生徒の背をジッと見つめた。


(寮……)

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