第5話 ただの街ブラだったはずなのに

「きつねちー?もう、着替え終わったー?」


 普段はあまり入らないジャンルの服屋の試着室。すこし甘いような、素っ気ないような。何だか落ち着かない匂いがする。


「……ねぇ。やっぱりきつねちはショートパンツが似合うんじゃない」

「いえ、きつねさんなら、こっちの女の子らしい可愛いのも似合うと思います、ぜったい。

 というか、もう最初から女の子だったということにしましょう。そういえば姫先輩、ハサミ持ってましたよね?」

「いやいや、彼は男の子だからこそ可愛い服が似合うというか、男のだからこそ最高というか」

「ちょっと、みなさん落ち着いて。きつねさんも困ってるじゃないですか。まぁ、みなさんの気持ちもわかります。

 なので、ここは一旦、全裸にしましょう。全裸こそこの世の理。この世のすべてはゼロ、無から始まるものなので」


 カーテンごしに聞こえる不穏な会話。ホントにどうしてこうなった。


 ――時間は少し遡って、朝ご飯を終えたあとのこと。ボクはお姫先輩に誘われて街に出た。

「へぇー!タコもいろんな種類があるんやなー」

 家の近所にもありそうなスーパー。その生臭い魚コーナーの前で、ニッと笑うお姫先輩。

「旅行のときって観光地を巡るのも良いけど、こういう地元のお店を巡るのも結構楽しくない?」

 ド派手なメイクとは対照的に、上品な白い歯が妙に眩しい。つい目をそらすと、彼女が視界の隅でクスクス笑っているのがわかった。


「あっ!きつねさんと姫先輩だ!」

 聞き慣れた声に振り向くと、トカゲちゃんとロマ子さんがいた。

「あれ、トカゲちゃん。ワークショップに行っていたんじゃなかったの?」

 たまたま、近所の公民館でワークショップが開かれていたらしい。ボクのことも誘ってくれたけど断った。だって、きっといつも通りの怪談関連だろうから。

 彼女の研究テーマは土地に根づいた怪談、そしてその蒐集だ。怖いのが苦手なボクは詳しい話は聞いたことないけど、こうしてときどきフィールドワークに誘ってくれる。……もうそろそろ諦めて欲しい。

「最近、この辺で神隠しが起きてるとかで、急に中止になったんですよ。『この土地に根づいた異界伝説』っていう面白そうなテーマだったから、是非参加したかったのに残念です」

「トカゲさんがしょんぼりされてるところに、たまたま通りかかりまして、お時間があるようでしたらと、お買い物のお手伝いをお願いしたというわけです。蜂屋さんからいろいろとおつかいを頼まれたのですが、ひとりじゃ大変そうだったので助かりました」

 そういえば、ロマ子さんは蜂屋さんにえらく気に入られたみたいで、料理人として働かないかと熱烈な勧誘まで受けていた。……もしそうなったら、定食屋さんはどうなるんだろ?


「ところで、お二人はひょっとして……デートですか?」

「うひひ、まぁ、そんなとこ」

 カァーっと耳まで熱くなったボクとは違って、さらっと答えるお姫先輩。

「……えっと、んっ、あっ、そういえばボク、新しい服が欲しいんですよね。あとで見に行きたいんスけどいいですか?」

 トカゲちゃんとロマ子さんの生暖かい視線に耐えきれなくなって、思いつきが口をついた。ホントに服は欲しかったのだけど。

「あ、私さっききつねさんもに似合いそうなオシャレなお店見かけましたよ」

 にっこり笑うトカゲちゃん。


 ――そして、冒頭へと戻る。

 途中、九堂さんに連れ回されていたミサキさんも合流し、6人で訪れたトカゲちゃんの見つけたお店とは女装用品専門店だった。

「なんでボクは旅行先で、わざわざ女装用品専門店に入ってんだよ!」

 思わず漏れる心の叫び。ホントにどうしてこうなった。

「いいじゃん、別に。似合ってるんだし」

 カーテンから顔だけ覗かせるお姫先輩。

「キャッ!覗かないでくださいよ!」

「ふふ、『キャッ!』って。

 気にしない、気にしない。オレときつねちの仲じゃんよ」

「いや、この旅行前に知り合ったばかりでまだそんなに親しくはないでしょ」

「えー、時間の長さなんて関係ないって。

 じゃあ、今度はこっち着て」

 フリフリのフリルがついたゴスロリのドレスを押しつけて、お姫先輩はぴゅっと引っ込んだ。カーテンの向こうから聞こえるみんなの楽しそうな声。ボクは可愛いドレスを眺めて、小さくため息をついた。

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白兎と八葦荘の秘密〜灰崎ゼミreport.08〜 おくとりょう @n8osoeuta

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