第3話 鈴の夢と母なる海にて迎える朝

 鈴の音が聴こえる。……鈴、いや、おりんだろうか。何か金属の鳴る音が下から聴こえる。地から響くおりんの音。それは不気味なはずなのに、ちっとも恐ろしくなくて、むしろ優しくて心が落ち着く音。床に耳を押しつけてみると、何だか音がボクのことを包みこむような感じがして――。



「カンカンカン!朝だよー!おはよー!きつねち、起きてー」

 ……うるせぇ。やかましい金属音にイヤイヤ目を開けると、鍋の底を叩くお姫先輩がベッドの側に立っていた。

「あ、起きた。おはよー」

 叩き起こされた不満より、眠たい気持ちの方が強くて、布団を顔まで被り直す。

「あー、また寝たー。お姫先輩が起こしたってんのに、起きひんのかぁ?」

 鍋を叩くのをやめた先輩は、ベッドにトンっと腰かけて、今度はボクのことをツンツンつついた。

「ほれほれ〜。早く起きないとロマ子さんの朝ご飯、全部食べちゃうぞぉー」

 そう言われてから、美味しそうな香りが漂っていることに気づいた。お味噌汁、焼き魚に、卵焼き、そして、炊きたてのお米……。チーンっという小気味よい音とともに、芳ばしいトーストの香りも鼻をくすぐった。

 ぐぅ~っとお腹が鳴った。お姫先輩にクスクス笑われ、頬がポッと熱くなる。

 朝はそんなに食べる方ではないのだけど、最近はテキトーなものばかり食べてたから、しょうがない。一人暮らしを始めてすぐの頃は、ちゃんと自炊をしようとしてたのだけど。

「――わかります。最初はウキウキでいろいろ手を出すんですけど、だんだんめんどくさくなっちゃうんですよね〜」

 ふと横を見ると、ミサキさんがいた。同じ布団の中に。たぶん全裸で。


「キャーッ!!!何してんの?」

 裏返った声が、自分の喉から出た。ボクが飛び起きた勢いで、布団のめくれたベッドの上にはやっぱり全裸のミサキさんがいて、澄まし顔でセクシーポーズをキメている。

「安心してください。ナニもしてませんよ」

 ボクはちゃんと服を着ているけど、やっぱり全裸の女性と同じベッドで朝を迎えるのはわけわからないんですよ。というか、さっき一瞬ボクの思考読んでなかった?何?『ナニもしてませんよ』じゃねぇーんだよ。何なの?ホント、ミサキさん何者なの?

「はーい、朝からそんなに興奮しないで。ミサキさんも服着てね」

 お姫先輩が慣れた様子でミサキさんにシーツをかける。……ボクが騒いでるみたいな言いようだけど、別にボクは悪くなくない?


「おはようございまーす!朝から楽しそうですね。やっぱバニーの知り合いは愉快な人が多くていいな。声かけてよかったー」

 部屋の入口から、男の人が顔を覗かせて微笑んだ。お姫先輩の友達で、この八葦荘のオーナーの蜂屋真さん。

 そうだ、そうだった。ボク達灰崎ゼミはここにゼミ旅行に来たんだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る