チョコレート
好きな人って、どこにいても絶対に見つけられるでしょ。
全校集会で集まった体育館の中とか、学校最寄り駅の改札口とか、うちの学校の生徒がよく集まってるデパートとか、気がついたら好きな人の姿を探している。挙句の果てには絶対にいるはずの無い、いつも行かない大きな駅の百貨店とか、旅行先のお土産屋さんとかでも、好きな人の姿を見つける妄想をしたりする。たまたまそこに居て、驚いて慌てて声をかけるけど、でも何を話せばいいのかわからなくて、「すごい偶然ですねー!」なんてクッソどうでもいいことしか言えなかったりして。楽しそうに話すけど、内心ではありえないくらい緊張していて、でも、二人きりの特別な時間を過ごしたりして。
そんな終わりの無い妄想に一人で花を咲かせてる。
だから、百貨店の地下一階、バレンタインチョコの特設会場で人混みの中から先輩の姿を見つけてしまったのも必然だった。だって、私は二十四時間三百六十五日いつも、大好きな先輩の姿を探しているから。
「
その姿を視界にとらえた瞬間、私はほぼ脊椎反射で名前を呼んだ。
振り向いた先輩が少しだけ目を見張る。
「
「こ、こんにちは」
急に他人行儀みたいになるなよ、と自分にツッコむ。もう一年は同じ部活で一緒に過ごしているのに、いっつも話し始めはガチガチに緊張して、挨拶のあとに何を言えばいいのかわからなくなる。せっかく声かけたのに、大バカ。変なヤツって思われてる。
数秒ほどの間が空いて、先輩が私に言う。
「バレンタインチョコ?」
「はいっ。弟とか友達の分とか、そろそろ買っておかないとなーと思って。弟は甘いのが好きなんですけど、あんまりお金かけたくないので、このあたりのにしようかなって」
今度は逆に聞かれてもいないことをぺらぺらと話し続けてしまう。全然ダメ。コミュニケーションとしてゼロ点。喋り過ぎたと思って口をつぐんでももう遅い。
「えらいね」
先輩は優しく笑いながらそう言ってくれる。けど、絶対内心ウザいって思われてる。最悪。
「先輩もチョコ買いに来たんですか?」
先輩は桜色をした小さなチョコレート缶を手に取っているところだった。
そのチョコレートは誰に渡すものなんだろう。誰のことを思いながらここに来たんだろう。その対象に私はいるのかな。途切れない疑問が頭の中であふれ出す。
「部活の子たちにはバラまきで、お世話になってる子には別々に買おうかと思って」
そういう先輩の買い物かごを見ると、すでにチョコレートの箱や缶が二、三個入っている。
「柚子って、柑橘系のチョコ好き?」
「大好きですっ!」
先輩からもらえるチョコはどんな味であろうと大好きだけど。
「よかった。オレンジピールが入ってる、良い感じのチョコがあって。また渡す時の楽しみにしてて」
「ありがとうございます!」
まだ受け取ってすらいないのにお礼を言ってしまい、先輩が小さな声で笑った。とたんに恥ずかしくなって、頬に両手を当てる。顔が熱い。外はめちゃくちゃ寒いのに。たぶんここ、暖房効きすぎてる。
ふいに、先輩が手にしていたチョコレート缶を、そっと買い物かごに入れるのが見えた。
考えるよりも先に、質問が口をついて出てしまう。
「先輩は、本命の人とか、いるんですか」
言ってから、どうかいないでいてほしい、と心の中で強く願った。いるよ、と言われたら数日寝込むくらいにショックを受ける自信がある。
先輩は、意味ありげに口角を上げて、静かな声で言った。
「秘密」
その声に、背中がぞくりと震える。
いるんだ。先輩にも、好きな人が。本命チョコを渡す相手が。
そりゃそうでしょ。いくら部活に打ち込んでて、成績も良くて、男女関係なくモテまくってるからって、誰でも受け入れるわけじゃない。先輩にだって相手を選ぶ権利はある。
「柚子は?」
「へっ」
急に聞かれて、頭が真っ白になる。
「いるの、本命の人」
「わっ、たしは、その」
先輩です、って言葉が喉まで出かかった。
さっき別のお店、二階にあるもっと良いチョコレート屋さんで、三十分以上悩んだ挙句手に入れた本命チョコは、あなたにあげるために選んだものなんです。
頭の中でそんな台詞が高速で再生される。
本命の人は、せんぱい、です。その一言を言い放ってしまいたい衝動が溢れる。
「わかりやすいね、柚子、可愛い」
そう言って、先輩が私の肩を指で小突いた。
ずるい。
ずるい、ずるい、ずるい。
私に触れた先輩の指が、「可愛い」って言葉が、私のために選ばれたチョコが、全部愛おしくて、息が苦しくなる。すべての瞬間をスナップショットにして、一生心の中に留めておきたい。
「じゃあ、私そろそろ帰るから」
そう言って、先輩がレジの方へ向かおうとする。
「先輩っ」
また考えるよりも先に声をあげていた。先輩が振り返る。
「お願いがあるんです」
声が震える。もうこの時点で心臓がバクバクしてる。
「二月十四日、部活が終わったあと、チョコ、ちゃんと渡したくて、だから、その」
自分の中にあるちっぽけな勇気を振り絞る。
「一緒に帰りませんか? 西崎公園まででいいので、そこで、チョコレートの交換、したいです」
ほぼ告白みたいなことを伝える。
先輩はじっと私の方を見た後、二、三歩、近寄って、私の頭に手を置いた。
「楽しみにしてる」
大好きな先輩の、大好きな細くて長い指が、私の頭を丁寧に撫でる。髪が乱れるほど乱暴じゃなく、かといって軽すぎるわけでもない。頭を撫でられただけなのに、先輩の優しさで身体のすべてが包まれて、身体が熱くて緊張しているのに、でも心地良くて、天国にいるような気分になる。
先輩はそのまま軽く手を振って、レジの方へと歩いて行った。
私はこれ以上、先輩を視界に入れないように、レジから離れたところで俯いてやり過ごした。真っ白な床をじっと見つめながら考えを巡らせる。
きっと、このまま私は私を止めれないと思う。
先輩を前にして、チョコを渡す時、告白しないことなんて絶対できない。
考えよりも先に口が動いて、思いを伝えてしまって、そして、先輩は困った顔をして、チョコは受け取ってくれるけど、私の気持ちはたぶん断られる。
そんな未来が見えるのに、私は絶対に、告白するしかない。止めることなんてできない。どうせまた、気付いたら口にしてる。胸が張り裂けるくらい緊張しても、絶対に言ってる。
嫌だな。
辛い。苦しい。
先輩を好きになってからずっとそう。
どこに行っても先輩の姿を探して、緊張してるくせに気持ちは隠せなくて。
いっそ、二度と話しかけられないくらいに嫌われてしまったほうが楽なのかも。
どっちつかずの気持ちを抱えながら、顔を上げる。先輩はもうとっくにいなくなってる。
「……帰ろう」
二月十四日。あと一週間。
今はただ、胸が張り裂けそうな気持ちを抱えながら、その日を待つことしかできない。
電車に乗って、一人で「バカだなあ」とため息に似た声を漏らして、自分用のチョコの包装を破る。
物語の欠片たち ななゆき @7snowrin
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