第3話 知らなかったのか? ヤンデレからは逃れられない
「これからどうするんです? パーティを解散して……」
「そうだなー」
俺は空を見上げた。
「まだ細かいところは決めてないけど、商業都市ルクに行こうと思ってる。そこで身の丈に合った冒険者稼業でもやりながら、嫁さんでも探すかな」
え!? とフェリシアが声を上げる。
「お、およめさん……探すの?」
「そのつもりだけど……? ほら、俺もそろそろそういう相手がいても、的な……」
俺は恐る恐るといった調子で言った。
「で、でも、その……だ、だってアッシュくん、そのぅ……」
フェリシアは上目遣いに俺を見てくる。
かわいらしい仕草だが、今の俺は前世の記憶がよみがえっているので、微妙な恐怖を覚えてしまう。
「意外ですね」
「うむ、確かにな。お主はフェリシアに懸想しておると思っておったが……というよりフェリシアよ」
とダンは語りかけた。
「はっきり『自分に惚れていたのでは?』と訊くべきではないか?」
「そ、そんなことできないよ! アッシュくん、わたしのこと好きだよね? とか……!」
無理無理! と言わんばかりにフェリシアは手を横に振る。
「あー、まぁ、それは……うん、確かに事実ではある」
俺は素直に認めた――万が一、ここでフェリシアがヤンデレモードになっても困る。
そう、彼女はヤンデレなのだ。
〔いや違うか〕
俺は内心で首を横に振る。正確にはヤンデレにしてしまったというべきだろう。
もともと原作のアッシュは、フェリシアに惚れていた。まぁそりゃそうだろう。なにせとんでもない美人で胸も大きい。
しかも純潔と貞淑をつかさどる女神アーティアーに仕える神官なのに、妙に色気があるのだ。そりゃ惚れるだろう。
クートを追い出した理由には、実は嫉妬心も含まれている。フェリシアがクートに気があるんじゃないかと焦ったのだ。
そして、首尾よくクートを追放したあと、アッシュはフェリシアを手籠めにする。
アーティアーに仕える神官は純潔でなければならない、という戒律があるにもかかわらず――アッシュはそれを強引に破らせるのだ。
まじめな彼女は戒律を破ってしまったことに苦悩し、アッシュに依存するようになる。なのに最終的に彼女を捨てるのだ。
クートのパーティメンバーの強さを知ったアッシュが、ふたたび栄光をつかむためにハーレムメンバーをも手籠めにしようとして――大失敗するのだ。
最後はフェリシアに捕まり、手足の健を切られ、台の上に縛りつけられて彼女に包丁で脅される。
「アッシュくんは、怪我してるんだもん……。わたしが治さなきゃ……。ほら、またアッシュくん、怪我しちゃった……」
とか言いながら悲鳴を上げるアッシュを切り刻み、自分で治療するとかいうアレな末路を迎えることになる。
俺は身震いした。
物語上、アッシュ(とフェリシア)の出番はこれで終わりだ。最後どうなったのかはわからないが、どっちにせよロクな結末じゃない。
そんな最後は断固拒否である。
「確かに俺はフェリシアのことが好きだよ。とてもかわいい。可憐だ。胸も大きい」
「最後の一言は余計じゃないですか?」
「あまり失言がひどいと、一〇〇年の恋も冷めかねんぞ?」
「か、かわいくて、かれんで、胸も大きくて……そ、そんなにわたしのこと好きだったの?」
フェリシアは照れながらも、めっちゃうれしそうだった。
「愚問だったようですね」
「まぁ人の好みはそれぞれであろうからな」
ヴィクトールとダンは呆れた顔だ。俺は咳払いをする。
「と、とにかくだ。俺が好きなのは事実だが……だからといって結ばれるわけにはいかないだろう? なにせフェリシアは女神アーティアーの大神官さまだ」
「そう、だね……。わたし、アーティアーさまの大神官だもんね」
そのとおり。所属する黄金の翼パーティがSランクに昇格したことで、フェリシアも大神官の称号をたまわったのだ。
そんな重要人物が、男と結婚します! なんて戒律に反するような――
「じゃあわたし、棄教するね?」
うん……うん、うん?
「そうしたら、一緒になれるね、アッシュくん……」
うっとりとした顔で、フェリシアさんは言うのだった――まってまってまって、早い早い早い、展開が早すぎてなにひとつついて行けないよフェリシアさん!?
「ま、ままままぁ、落ち着けよ、フェリシア……。そんな、ダメだって……信仰を捨てるなんてさ。よくないことだよ、それは!」
「え……?」
フェリシアは信じられないものを見る目で俺を見た。
「どうして、反対するの……? も、もしかして、わたしを好きっていうのは、嘘……!?」
ちょっと待ってください、これもしかしてヤンデレモード入ってます?
思い返すと確かに原作でも「ダメだよ……! アーティアーさまに叱られちゃう……!」とか口では言いながら、やけにあっさりアッシュに抱かれてるなー、とは思ったけど――もしかしなくても追放時点で好感度マックスっていうか、限界突破してる感じ?
「まさか! そんなわけないだろ!」
ヤバイヤバイヤバイ!
「そんなふうに俺の愛を疑われるなんて悲しいぜ、フェリシア」
「あ、そ、そうだよね……ごめんね? アッシュくん。でも、じゃあ、なんで……?」
「ほら、フェリシアは高位の神官だろ? 棄教しちゃったら、せっかく努力して覚えた神聖魔法が使えなくなっちゃうじゃないか。それはさすがに惜しいと思ってさ」
「別にアッシュくんのためなら、それくらい捧げるけど――」
「俺が嫌なんだよ。俺のためとはいえ、フェリシアががんばって手に入れた力を、俺のせいで手放してほしくないんだ」
「そっか……じゃあ」
フェリシアはにっこり笑った。
フー……ギリギリセーフってとこか? なんとか納得してくれたみたいで――
「わたし、改宗するね!」
んー……これはダメみたいですね。
「それなら神聖魔法もそのままだよ! それに――そうだよね」
フェリシアは手のひらを合わせながら、恥ずかしそうにうなずく。
「これから、ふたりで冒険者として暮らしていくんだもんね。わたしが魔法の使えない役立たずになっちゃったら、冒険について行けなくなっちゃう!」
フェリシアは、実にかわいらしい笑みで俺を見上げるのだった。
「……ああ、そうだな!」
俺はそう答えるしかなかった。
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