第2話 なんで当然のように世界の法則を突破してくるんだ……
「どういうことです、アッシュ?」
怒りの形相で立ち上がったのは、魔術師のヴィクトールだ。長身長髪の優男で、パーティでは魔法による圧倒的な高火力を武器にするアタッカーだ。
「ようやくあの無能がいなくなってこれから、というときに! 気でも狂いましたか?」
「俺は冷静だよ、ヴィクトール。お前こそ本当に理解しているのか? クートが抜けたことの意味を……」
「なにを言っているんです? 我々は――」
「三重詠唱は使えるか?」
は? とヴィクトールは呆けた顔で口を開けた。
「三重詠唱だよ。三つの魔法を同時に使えるか?
「馬鹿にしているのですか、アッシュ? その程度――!」
ヴィクトールの顔が驚愕に染まった。三つ同時に光球を出したヴィクトールだったが……光球が一つ消えてしまう。三つ全てを維持できないのだ。
「な、なぜ!? 普段なら――!」
「クートがいなくなった影響だ。ヴィクトール、お前が三つの魔法を同時に行使できていたのは、クートによる強力な支援があってこそなんだ」
「なっ!? し、しかしやつは初級魔法しか……!」
「確かにクートは初級魔法しか使えない。だが、やつは重ねがけができるんだよ!」
そう、普通は支援魔法を二つ三つと重ねたところで効果は変わらない。だが、クートは違う。あいつの魔法は累積して、どんどん強化されていくのだ。
俺たちの力は、クートが何重にも支援魔法をかけまくって強化したからこその実力なのだ。
もちろん、これは敵の弱体化についても同様。初級魔法とはいえ、超高速で何度も叩き込めば敵は一気に弱くなる。
ついでにいえば――クートが真に恐ろしいのは、耐性を貫通してくる点だ。
つまり、
「ぐわははは! 俺の肉体は炎に対して無敵! いかに強力な炎といえど――」
「オラァ! 火属性弱点付与! 味方に火属性エンチャント!」
「ば、馬鹿なぁぁぁぁ!」
ということが可能なのである。
……うーん、あらためて考えてもイカれた性能してるな、あいつ。なんで当然のように世界の法則(耐性や無効化)を突破してくるんだ……。
「わかるか? 俺たちの本当の実力は、S級に遠く及ばない。せいぜいA級でも下のほう。下手すりゃBランクだ。高レベルのSランク依頼なんて受けたら、あっという間に壊滅するぞ」
実際、原作だと高難度の依頼を受けて壊滅してるしな。
「もちろんダンやフェリシアもそうだ」
俺は残るふたりに目を向ける。
「ダン……あんたは自分の武術に絶対の自信をもっているだろうが……それはクートの支援あっての力だ」
「ほう? それはワシに対する侮辱か?」
武闘家のダンは威圧するように俺を見た。うーん、すげぇ迫力だ。まぁ四十代の眼光鋭い髭面の大男だしな……。筋肉が盛り上がっていて、見た目もものすごく強そうだ。
「試してみるか、あんたの龍王拳」
俺は立ち上がった。
「裏庭でご自慢の一撃を打ってみろ。最大最強の一撃を」
俺たちは宿の裏手にある広い庭へやって来た。冒険者向けの宿だけあって、裏庭は訓練所も兼ねているのだ。
「フェリシア、防御魔法はいい」
「え……で、でも」
神官のフェリシア、長い髪をした美しい女性だ。神官として、回復と防御の魔法を使う。いわばパーティの守りの要だ。
「使ったらわからないだろう?」
俺がダンにむけて言うと、相手は獰猛な笑みを浮かべる。
「死ぬ気か? アッシュ……。お主は防御特化ではない。それなりに攻撃もできるタイプの重戦士だ。いや」
とダンは首を横に振る。
「たとえどれほど防御能力が高かろうと、ワシの一撃を止めることはできん!」
ぶわっとダンの肉体から闘気があふれ出す。そして、構える。ダンは一歩で間合いを詰めると、俺に渾身の一撃を叩き込んできた。
俺は盾を構え、同じくオーラを集中させる。
ダンと俺の闘気がぶつかり合い、すさまじい音を立てて、拳を受けた盾がみしみしときしむ。ふっ飛ばされたのは――もちろん、俺のほうだ。
盾ごと弾き飛ばされて、俺は地面を転がった。だが、生きていた。ダンの、最強の一撃を食らってなお死んでいない。腕は折れたがそれだけだ。
「ば、馬鹿な……!?」
ダン自身、驚愕の声を上げる。俺は痛みを堪えつつ、不敵に笑ってみせた。
「あんたはベテランだ。俺たちのなかでもっとも経験がある。今の自分の動きで理解できたはずだぞ。クートなしの自分の実力が」
ダン以外はみんな十代後半の若造だ。ダン自身はベテランで、武術経験も豊富にある。自分の動き、技のキレ……それらがクートといたときとどれだけ違うか、身をもって体感したはずだ。
「まってて! すぐに治療するから……!」
フェリシアが俺に回復魔法をかけてくれる。ヴィクトールがすぐに見咎めた。
「どういうことです、フェリシア? なぜ一瞬で全快しないんです!? たかが骨折でしょう!? あなたの力なら……!」
「い、一生懸命やってるよ……! わたしの全力……! なのに――!」
フェリシアが悔しげに顔を歪ませる。
「仕方ないんだよ、言ったろ? クートの支援あってこその俺たちだったと……。フェリシアの回復魔法は、本来このくらいなんだ」
それでも十分早い、と俺はすっかりよくなった腕を振ってみせる。
「なぜです、アッシュ?」
ヴィクトールが吐息混じりに訊く。
「認めましょう。確かに、我々の力はクートありきだった……ですが、だったらなおさら、なぜ彼を追放したんです? むろん追放は我々の意志であったわけですが、彼の実力を理解しているあなたなら止めたはずだ。しかし実際はまったく逆……むしろ積極的に彼を追放しようとした」
なぜです? とヴィクトールがまっすぐに俺を見る。
「そりゃ実力の釣り合わないメンバー同士でいつまでもパーティ組んでるわけには行かないだろ? 俺たちはBかせいぜいAランク……あいつはまごうことなきSランク、いやそれ以上の逸材、正真正銘の天才だ。相応しい仲間は俺たちじゃない。そうだろ?」
一晩考えて、さすがに俺の頭も冷えた。当初は最悪だと思っていたが……この状況は意外と悪くないかもしれない。いや、むしろ今後を考えれば最善手と言えるだろう。
なにせ、このあとクートは復活した北の魔神を討伐するのだから。
追放されたクートは、例によってかわいい女の子を助けまくり、いわゆるハーレムパーティを結成する。チームメンバーは全員、俺たちの上位互換だ。
クート自身も成長して強くなるが、パーティメンバーも決しておまけじゃない。
実力はまぎれもなく本物……そして、そんな最強パーティが大苦戦してようやく倒せるのが、かつて世界を滅ぼしかけ、数多の神々を打倒して眠りにつかせたという北の魔神なのだ。
最初はふざけんなよバカヤローと思ったもんだが、むしろベストタイミングで記憶がよみがえったとも言える。
読者の期待感としてはダメだろうが、俺たちが落ちぶれるのは、いわば物語にとって些末な出来事に過ぎない。
実際、俺たちとクートがふたたび邂逅するのは、黄金の翼パーティが落ちぶれたあとのことだ。無茶な依頼を受けて、まったくこなせず評価を落とし、それをなんとかしようとさらに高難度の依頼を引き受けて――の悪循環。
ヴィクトールとダンが死亡し、もはやパーティは風前の灯……という状況になって、ようやく再会するのだ。
そして、その時点でクートの主要メンバーはすでに揃っている。
つまりは最後のとどめを、あるいは俺のみじめな最後を見せて、読者の溜飲を下げる以上の意味を持たない。
ここで俺たちがなにをしようと、クートによる北の魔神討伐には影響しないのだ。
だったら、ここでパーティを解散し、俺たちは円満にそれぞれの人生を歩んでいけばいいだろう。
幼少期からの改変だったら、なんとかして北の魔神対策も考えなければならないところだったが……追放後ならそういう心配もないわけだ。
世界の平和はクートに一任しておけばいい。あいつがなんとかしてくれる。
「そう、ですか……。確かに、そうかもしれませんね……」
ヴィクトールは寂しげに笑った。
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