第15話 ド派手な旅立ちで草

 納得するファムとフロルだが、当然ウォルトには驚きの展開だった。

 彼の目線から見れば、フロルが自分の旅について来る理由は皆無だからだ。


「フロル、いいのかい? 俺の旅は快適な旅行ってわけじゃないし、第一そんな旅について来る理由が君には……」


「いいのいいの、もう決めたから! それにウォルトの身の上話を聞いちゃったら、お父さんや兄弟たちとどういう決着をつけるのか、気になってしょうがないじゃない? この村にいたら一生わからないことだろうし!」


「いや、俺は家族と再会した後は、結末はどうあれまたこの村に戻って来るつもりだ。ファムさんにも、セバンさんにも、そしてもちろんフロルにもお世話になった。その後どうなったかを報告しないのは、あまりにも不義理だからね」


「え、そうなの?」


「ああ、俺は必ずフロルに会いに来るよ」


 フロルの目を真っすぐに見て宣言するウォルト。

 こういうところでは草を生やして茶化ちゃかさないものだから、フロルは驚きつつ照れるしかなかった。


「もうっ! すっごいカッコよくて、言われて嬉しいセリフなんだけど……! 今はそうじゃないのっ! もっとこう……他にあるでしょ!」


「え、何があるかな……?」


 ウォルトは真剣に考え込んでしまった。

 その様子を見てファムは『ヒヒヒヒヒッ!』と大笑いしている。


 心が満たされている今、ギフト【草】の影響が抑えられ本来の真面目な性格が顔を出している。

 いや、どちらの状態にせよ……ウォルトに女心はまだわからない。


「わかった、お姉さんが教えてあげる。こういう時はね……『俺について来いっ!』って言うの! 女の子が一緒に行きたいって言ってる時はね!」


「そ、そうなのか……。一緒に来ても肉親同士の醜い争いを見ることになるかもしれないけど、フロルがそう言うなら……俺について来てほしいっ!」


「まあ、今はそんな感じでよし! 私はついていくよ、ウォルト! あと、覚えておいた方がいいけど、女って肉親同士の醜い争いの話が結構好きなのよ」


「ああ! そういえば、生前の母さんは『王族たちが王座を求めて暗殺合戦を繰り広げる小説』が好きだったと、乳母から聞かされたことがある」


「んん~、まあそういうこと……かな? てか、ウォルトのお母さん案外ぞくっぽい趣味で草。そして、草を使いこなしつつある私にも草」


「うん、上手い上手い!」


 そんなこんなで話はまとまり、ウォルトの旅にフロルが正式に加わった。

 二人は木刀……じゃなくて草生神木刀そうしょうしんぼくとうの鞘が完成するまでの間、旅の準備を着々と進めていく。


 そして、鞘の作成を依頼してから四日目の昼――

 ついに完成した鞘がウォルトのもとへ届けられた。


 黒をベースとした無骨ぶこつな見た目をした鞘は木刀……草生神木刀そうしょうしんぼくとうの鮮やかな緑の刃をしっかりと隠し、目立たないようにしてくれる。

 素晴らしい仕事っぷりに、ウォルトは何度もセバンに礼を言った。


 また、鞘を受け取ったことにより自動的に村を出る日が決定する。

 それは鞘を受け取った翌日の朝である――


 ◇ ◇ ◇


「ウォルト、忘れ物はないよね?」


「ああ、バッチリさ」


 数日間も準備する時間があったので、ウォルトとフロルの荷物はバッチリ。

 もちろん、心の準備もバッチリだ。


「私がウォルトについていくことを決めてから五日か……。出発するにはこれ以上ないタイミングね。一週間も待ったら気持ちがダレるし、三日くらいだと村の人に挨拶して回れない」


「天気は快晴――今日こそが旅日和たびびよりだ」


 荷物を背負って宿を出る二人。

 ファムは見送りに来た他の村人と共に、村の北側の出入口に先回りしていた。


「行ってくるね、婆ちゃん。私が無事に帰って来るまで、寿命じゅみょうで死なないでよね」


「ヒヒヒ……! お前こそ、腹出して寝てカゼ引くんじゃないよ。まあ、男と二人旅ならお前にも多少の恥じらいはあるだろうけどね」


「も~! ちょっとは我が子との別れに寂しさを見せたら? 私がいなきゃ宿の切り盛りだって大変だよ?」


「寂しいに決まってるじゃないか。でも、泣きわめいてはお前の決意が揺らぐだろう?」


「婆ちゃん……」


 フロルの方が泣きそうになる。

 人生経験豊富なファムは一枚上手だった。


「あ、そうそう……宿の切り盛りの方は気にしなくていいよ。この子たちを雇ってあるから」


「へ……?」


 スッと現れた二人の女性がファムの隣に立つ。


「初めまして、フロル先輩! 辺境貴族の彼と婚約旅行の最中この村まで来たのですが、それは私を最果ての地に放置して婚約破棄するための罠だった……と気づけなかったエンジェです!」


 エンジェは長い茶髪と素朴だが整った顔が特徴の女性だ。

 おしとやかそうな雰囲気の割に声の圧が強い。


「私はフングラの樹海を調査する部隊の雑用係でしたが、樹海に入る前にリーダーの怒りを買って追放され、結果的に生き残ったイクスです。これからの今際いまわの亭は任せてください」


 イクスは黒い髪を頭の後ろでくくってポニーテールにした女性だ。

 切れ長の目は勝ち気そうな雰囲気だが、言動は非常に落ち着いている。


「え、え……? 誰よアンタらっ!?」


 顔も見たことがない後輩の登場にフロルの涙は引っ込む。


「ヒヒヒ……! 虫の知らせって言うのかねぇ。何だか急いで従業員を増やした方がいいような予感が少し前からしてたんだよ。だから、フロルには秘密で雇っておいたのさ」


「私に隠す意味はなくて草。……まあ、でも良かった! これで旅立つ前の心配事が減ったよ」


「村に来た経緯はどうあれ、この二人の能力は妙に高い。帰って来たら宿が潰れてたなんてことはないさ。だから、安心して行っておいで。帰って来る場所はちゃんとあるよ」


「ありがとう、婆ちゃん! 帰って来たら後輩たちをビシバシ指導するからね!」


 フロルとの会話を終え、ファムはウォルトの方に向き直る。


「お前さんは気負い過ぎないことだ。フロルは強い子さ。過保護にならなくても、案外たくましく危機を乗り越える力がある」


「はい、会って数日ですけど何となくわかります」


「ただ、頭は良くないからそこは信用しちゃダメだよ。変に素直なところもあるから、変な奴に騙されないように見ておいておくれ……」


 ファムが小声でボソボソッと言った。

 ウォルトの草で高めた聴覚を頼りにした意思疎通だ。

 フロルには聞こえていない。


「はい……!」


 ウォルトも出来る限り小声で返事をした。


「さあ、あんまりダラダラしてると出発する気が失せるよ。お行きなさいな」


 ファムに背中を押され、二人は歩き出す。


「「行ってきます!」」


 歩き出す二人の背に、村人たちの声援が送られる。

 遥か遠い王都への旅が今始まった。


「……あれ? こっちに何か走って来てない?」


 二人の進行方向から土煙と共に迫る集団が見えた。


「ああ、来てるね。馬に乗った山賊が10人以上だ」


「さ、山賊って……前に来た騎士たちと違って本職の山賊?」


「本職だし何ならあいつらは札付きだ。この王国南方でお尋ね者になっている『ゲェダ団』の奴らさ。村の中にも手配書が貼ってあった」


「えっ……出発早々こんなのアリ!?」


 さっきから感情が揺さぶられすぎて混乱気味のフロル。

 そんな彼女と山賊たちの間に、ウォルトが立ち塞がった。


「どけどけぇ~!! ちょいと追われてるんで、村の女と子どもを人質に取らせてもらうぜ~!」


草生刃そうしょうじん――萌芽ほうが


 早くもウォルトは鞘から草生神木刀そうしょうしんぼくとうを抜く。

 その刃のワロタグリフが緑色に輝く。


「な、何の光っ!?」


 押し寄せる山賊たちも、ウォルトが只者ただものではないことに気づいた。

 しかし、もう遅い。


「草生える」


 ウォルトが刃を地面に突き刺す。

 すると、山賊たちの進路上に草がにょきにょきと生えた。

 その草は馬の上の山賊たちをもさもさと絡めり、そのまま地面に叩き落した。


「すごい! 馬には危害を加えず、山賊だけを無力化した!」


 ウォルトの力と気遣いに感心するフロル。


「実戦でもわざわざ地面に陣を描かず、刀のワロタグリフを通して草の力を使えることが早めに証明出来た。不幸中の幸いだな。それもこれも、この刀――草生神木刀そうしょうしんぼくとうのおかげだ」


 緑の刃をジッと見つめた後、ウォルトは刀を鞘に収めた。


「倒したのはいいけど……こいつらどうする? ねぇ、ウォルト」


「その心配はいらないさ。彼らが来てくれた」


 村に迫る新たなる勢力。

 それは先日、村で略奪行為を行っていたダローム率いる騎士たちだった。


「も、申し訳ございません! こいつらを追跡していたのですが、追いつき切れず……! どうか罰は部下ではなく私だけに……!」


 ダロームは膝をついて失態の罰を受けようとする。

 しかし、ウォルトはすぐにダロームを立ち上がらせて言った。


「使命を果たそうとしている者を罰する理由はない。村のことを頼みます、統領騎士ロードナイトダローム殿。そして、騎士たちよ」


 それだけ言って、ウォルトは北へと歩き出した。

 その後ろをフロルがついていく。


「……う、うぅ! ウォルト・ウェブスター様に全員敬礼ッ!」


 涙を流し、部下と共に敬礼するダローム。

 ウォルトはまだ騎士団長ではないとか、そもそもウェブスター家から絶縁されているとか、そんなことは彼らに関係なかった。


「ウォルト、あの人たち敬礼してるよ? 振り返らなくていいの?」


「いいんだ、今はこれで」


 王国の遥か南の地での出来事――

 ウォルトの旅立ちを知る者はまだ少ない。

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