第2章

第16話 いきなりトラブルで草

 レラス村を出発したウォルトとフロルは、ファムに貰った地図を見ながら行き先を確認してた。


「ウォルト、私たちがまず目指すべき場所……覚えてるよね?」


「うん。ここらへんで一番大きい街ジェルバだよね」


「その通り!」


 ジェルバはこの地方の物流のかなめであり、多くの商人と馬車が行き来する。

 王国の南の端っこにあるレラス村が物資に困っていないのも、このジェルバから定期的に来る行商人ぎょうしょうにんのおかげだ。


「そして、ジェルバの街から毒蛇の谷――バイバーバレーを通って北上していく」


 バイパーバレーはその名の通り、蛇のように山々の間を蛇行して伸びる谷のことだ。

 そびえる山脈を迂回うかいせず通り抜けられるので、上手く使えば街から北へ向かう時間を短縮出来る。


 だがしかし、『毒蛇』の由来である毒を持った植物や魔獣が人間の通行をはばむ。

 古くから命知らずの商人が素早く商品を運ぶためにバイパーバレーを通り、命を落としたことは数知れない。


「バイパーバレーは危険な土地だ。でも、俺に植物由来の毒は効かない。それに解毒の力を持つ薬草を食べておけば、動物由来の毒も効かない」


「さらにその木刀を使えば、私にも解毒の草の力を分け与えることが出来る! まあ、効果は一時的だから、一種の予防接種みたいなものなんだよね」


「ああ、それでも草に適応しつつあるフロルなら効果は数日くらい続くと思う。安心してバイパーバレーを通り抜けることが出来るさ」


「まさか会話の中に自然と草を混ぜられるようになることが、肉体が草の力に適応している証拠になるとは思わなかったなぁ。私はウォルトの真似まねをして草を生やしていただけなのに」


「それだけ草の概念を知らなかった人が、数日で草を受け入れられるのはすごいってことさ。フロルには草を生やす素質があったんだ」


「まあ、私は草の存在を受け入れたというより、ウォルトのことを受け入れたんだけど……」


 フロルのボソボソと照れ気味に言ったセリフも、ウォルトの耳にはハッキリ聞こえていた。

 だが、ウォルトにとっては草は自分であり、自分は草であった。


 そのため、草を受け入れるのも自分を受け入れるのも同じだろうと判断した。

 ウォルトには……女心がわからぬ。


「さて、進路の確認も終わったことだし、そろそろ急ごうか」


 ウォルトはフロルに背中を向け、腰を下ろした。


「……え、私をおんぶするってこと!?」


「うん。俺がフロルを背負って走れば、日暮れ前にジェルバの街に着く。徒歩だといくつかの宿場を経由して、数日かかっちゃうからね」


「いや、それはわかってるんだけど……」


「これは快適な旅行じゃないって言ったけど、一緒に来てくれた以上はフロルに不快な思いをさせたくない。小さな宿場より大きな街の方が宿も快適だし、セキュリティもしっかりしてる。だから……」


「うん、わかった! それじゃよろしくお願いする!」


 フロルはウォルトの背中におぶさった。

 筋肉質な首に手を回し、大きな背中に身を預ける。

 ウォルトもフロルの脚をガッチリと脇で挟み、落とさないようにする。


(ウォルトの背中は大きいし温かいなぁ~。私にお父さんがいたら、こんな感じだったのかな)


 おぶさる前は照れ臭さを感じていたフロルだったが、その感情はすぐ安心感に変わった……かに思われた。


(それにしても、ウォルトったら数日前は私と手をつないだだけでキョドってたくせに、いつの間にこんなに女慣れしちゃったの!? いや、女に慣れたというより私に慣れたのか! 年上のお姉さんが、血のつながった普通の姉ちゃんくらいまで格下げされてる気がする……!)


 異性というより姉として扱われている気がして、ちょっと不満げなフロル。


「よし、しっかり掴まってて。自慢じゃないけど、俺の脚はかなり速い!」


「了解!」


 大地を踏みしめて、ウォルトは駆ける。

 グンッという加速がフロルの体にも伝わる。


「おほっ! すご~い! 想像より全然速~いっ!」


 吹き飛ぶように流れていく風景にフロルの不満は吹っ飛び、まるでアトラクションを楽しむかのように歓声を上げる。

 顔に当たる激しい風、暴れるように乱れるオレンジの髪も構わず移動時間を楽しんだ。


 ◇ ◇ ◇


 それから数時間後、ウォルトの宣言通り日暮れ前――

 夕日に照らされた二人はジェルバの街にたどり着いた。


「いやぁ~、お疲れ様っ! 私だけらくさせてもらった上に、たのしませてもらっちゃった!」


「満足してくれたなら何よりさ。一日中ダッシュは流石に疲れたけど、いい宿でしっかり休めば明日には回復する。それと質のいい薬草付きなら最高だ」


 ファムから持たされた旅の資金が十分にあるため、旅の最初の夜くらい高めの宿を取ることにした二人。


 ウォルトにとっては初めて来た街、フロルにとっては過去に数度訪れただけの街ジェルバ。

 明らかに慣れていないことを隠さず、街中をキョロキョロしながら宿を探す。


 そんな不慣れな様子を見せればスリや悪い店の客引きが寄って来るものだが、ウォルトの鋼のような肉体を前では悪事を働こうという気も失せる。


「ここにしましょう!」


 フロルが選んだのは、街の中心街から少し外れたところにある三階建ての木造宿だった。

 中心街の高級宿ほどではないが、下町の格安宿ほどでもない。

 まさしく『こういうのでいいんだよ』って宿であった。


 ウォルトも納得してうなずき、宿のフロントで空いている部屋を確認する。


「こんばんわ~! 一泊で二部屋なんだけど空いてますか?」


「ええ、ありますよ。一泊一部屋で銀貨五枚なので、二部屋で金貨一枚です」


「おお、ちょうどいい感じ」


 丸顔で人当たりの良さそうな中年男性に金貨一枚を支払い、これで今日の寝床は確保出来た。

 フロルはついでにバイパーバレーの情報を仕入れにかかる。


「あの、最近バイパーバレーで大きな事件とか事故とかありました?」


「ふふふ、全然ないね。何しろ、バイパーバレーは一般人立ち入り禁止になったんだもの」


「……は?」


 フロントの男性の言葉に開いた口が塞がらないフロル。

 そのまま振り返ると、ウォルトも口をあんぐりと開けて固まっていた。


「その一般人というのは……どういう?」


「そりゃ商人や旅人だね。通れるのは実力ある高ランクの冒険者や騎士様、ルール無用のお偉いさんくらいじゃないかな」


 まさか旅の序盤からいきなりプランが狂わされるとは思ってもみなかった二人。

 もう少しバイパーバレーについて掘り下げてみる。


「何か大事故とか、山の崩落とかで通行出来なくなったとか……?」


「いや、そもそも昔からあのルートは危険だから立ち入り禁止しろって言われてたんだ。商人が遭難すれば、商品を待ってる店や客が救助に行けってうるさくってね。だから、そもそも立ち入りを禁止にして、ルールを破って通ろうものなら救助もしないって決定したんだ」


「ああ、なるほど……」


 至極しごく真っ当な理由を前に、フロルは言い返す言葉もなかった。

 というか、宿屋のおじさんに言い返しても意味がない。


 情報をくれたことに礼を言い、その場から離れようとする二人。


「おいおい、鍵を持って行かなきゃ部屋に入れないよ! あとウチはお客さんにジェルバ名物フルーツジュースを一本サービスしているから、それも持っていってね」


「あ、はい」


 鍵とビン入りジュースを受け取った二人は、即座に作戦会議に入る。

 今日この宿に泊まるまではいいとして、明日からどうするのかが問題だ。


「バイパーバレーを通れなくても、山を迂回すれば北には向かえる……。でも、毒蛇の谷と呼ばれるだけあって、あの谷にしか生えない固有の毒草も多数生えていると聞く。俺としてはその草たちの力を得たかったけど……」


「流石にルールを無視して押し入るのは気が引けるよねぇ……」


 腕を組んでうんうんと悩むウォルトとフロル。

 その時、宿の掲示板に掲載されたチラシがフロルの目に入った。


「……あっ! ウォルト、これ見て!」


 フロルが指差すチラシには『バイパーバレー温泉同行隊募集』の文字がでかでかと記されていた。


同好会どうこうかいじゃなくて、同行隊どうこうたい……? いや、それ以前にバイパーバレーと温泉が結びつかないし、イタズラじゃないのか……?」


「いや、それは本物のチラシだよ。しかも、貼ったのはこの街の町長さ。つまり、お偉いさんだね」


 フロントのおじさんがそう説明してくれたので、ウォルトはとりあえず真面目にチラシを読んでみることにした。


「それにしても、このチラシ……ピンク色ばっか使われてるから読みにくくて草」


 ハートマークが大量に使われた文章から目を逸らしたくなりつつ、その内容に目を通していく。

 そして数分かけて読み終えた後、ウォルトは宣言した。


「これしかない……っ! 明日、町長の邸宅に行こう!」

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