第13話 笑いすぎで草

「ごちそうさまでした! あの……美味しかったよ、フロル」


 ウォルトは出された料理のすべてを食べ切った。

 そして、少し照れ臭そうにフロルの目を見て料理を褒めた。


「あ、ありがとう……! こんなに喜んでくれるなら、作った甲斐かいがあるってもんよ!」


 フロルも少し照れ臭そうな笑顔を見せ、ウォルトの褒め言葉に応えた。


「この村は葉野菜はやさいの名産地だから、一番自信がある料理はサラダだったんだけど……どうだった? 葉野菜も草といえば草だから、体に何か変化はあった?」


「サラダは採れたて野菜の新鮮さを存分に味わえて最高だったよ。特に千切りキャベツのシャキッとした食感と噛むほど広がる甘味……無限に食べられるとはこのことさ。酸味の効いたドレッシングとの組み合わせも抜群だった。他にもレタスは複数の品種が使われていて、それぞれの味わいの違いを楽しめて……」


 早口でまくし立てた後、ウォルトはハッとして気まずそうな顔をする。


「ご、ごめん……! やっぱり一部の野菜も草の範疇はんちゅうみたいで、語り出すと止まらないこともあるんだ……」


「いいの、いいの! 私が作ったサラダを真剣に味わってくれたことは十分に伝わったから! でも、ギフトのことを知らない人が聞いたらビックリするかもね。そういう意味では、強力なギフトであると同時にデメリットも大きいよね」


「まさしく贈り物――いきなり送り付けられて、その大きさのあまり頭の中という部屋の一部を占領している感じなんだ。でも、どんなものだって使いようさ。俺はこのギフトが騎士にふさわしくないものだとは思わない。むしろ、国を守り民を救う騎士道精神が形になったものだと思う」


 ドヤ顔でサラダの感想を語ったと思えば、気まずそうな顔をし、真剣な表情を見せる。

 フロルはウォルトの顔を見ているだけでも飽きないなと思った。


「あ……そうそう、葉野菜という草を食べたことによる体の変化の話だったね。特殊な効能を持たない草に関しては食べても美味しいと思うくらいで、不思議な力が身に付いたりはしないんだ」


「あ~、やっぱり何食べてもいいってわけじゃないのね」


「ただ、俺は草を食べるだけで人が生きるのに必要な栄養素をすべて確保出来る。サラダはまさに完全食なんだ」


「へぇ……それはまるで草食動物のようだねぇ」


 ファムが興味深そうに語る。


「人間はいろんなものを食べなきゃ体を作るのに必要な栄養素を得られない。だが、草食動物は草を食べているだけで人間以上の巨体とそれを動かすための筋肉を得る。お前さんに与えられたギフトは、そういう生き物が持つ能力を順当に進化させたもののように感じるよ」


「ええ、俺もそう思います。フングラの樹海には草食魔獣もいて、彼らとは何か通じるものを感じていましたから。ただ、草を食べても草の味しかしないので、いろんな料理は栄養摂取ではなく純粋な食事として楽しいです。言うなれば、心が満たされるんです」


「ヒヒヒ……ギフトに思考を乗っ取られないために、人としての心を満たす必要があるんだねぇ。まあ、世の中には強力なギフトを得て性格が変わっちまう奴はごまんといるさ。何も【草】だけが危険な力というわけではないよ」


 ファムの言葉を聞いて、ウォルトの脳裏に弟たちがよぎる。

 あれから三か月で彼らのギフトも強化されているのだろうか?


 ギフトは時に進化し、その名前を変える。

 そして、さらなる能力を得ることが出来る……。


「さて、食事も終わったことだし、お前さんの『これからの話』をしようじゃないか……ヒヒヒ」


 ファムはどこからか持って来た筒状に丸められた紙をテーブルの上に広げる。

 それはボーデン王国全体の地図だった。


「おお……大きさの割にかなり詳細な地図ですね」


「こんな南の果てにまで来る旅人は大体地図を持ってるものだからねぇ。そして、樹海探検をする時にはいらなくなるから、この宿に置いていかれがちなのさ……ヒヒヒ」


 ファムは笑いながら地図の端っこの方を指さす。

 そこには『レラス村』の文字があった。


「この村がレラス村で、こっちがお前さんが住んでた王都さ」


 レラス村から真っすぐ上に指を動かすと、そこには大きな街が描かれている。

 そこがボーデン王国の王都『バンデーラ』だ。


「王都バンデーラはボーデン王国の中央から少し北寄りにある。つまり、南の果てのレラス村は王都から最も遠い村ということさ。フングラの樹海ともなればさらに南の最果てなわけで、よほどお前さんの父親は頭に血が上っていたようだねぇ……ヒヒヒ」


「はい。あまりに頭に血が上ってて顔が真っ赤になっていたもので、思わず『顔真っ赤で草』と言ってしまいました。それで俺はここまで来ました」


 ウォルトは真顔で言う。

 『言ってしまった』と表現しているが、今でも言い返したことを悪いとは欠片かけらも思っていない。

 あの時の父ノルマンはまさに『顔真っ赤で草』がいてて草だったのだ。


「そりゃ、お前さん……ヒィ~ヒッヒッ!! 顔真っ赤で草とは、言うじゃないか! ヒッヒッヒッヒッ……ゲホッ、ゲホッ!」


「ば、婆ちゃん!?」


 フロルが笑いすぎてむせたファムの背中をさする。


「ヒィ……ヒッヒッ……私もどうやら草の概念を理解しつつあるらしいね……。だから、顔真っ赤で草という言葉がとても面白いものだと瞬時に理解出来てしまったわけだねぇ……ヒヒッ!」


「すいません……俺のせいで」


「そんな神妙な顔をするんじゃないよ。この世に自分が面白いと思えるものが一つ増えたと考えれば、こんな幸運なことはないさ。まあ、礼を言う気にはなれないけどねぇ……ヒッヒッヒッ」


 ファムが落ち着いたところで、ウォルトのこれからの話を再開する。


「この村から王都に行きたいなら、とにかく北上ほくじょうしていくことだね」


 地図の上では王都はレラス村の真北にある。

 しかし、それはあくまでも地図の上での話だ。


「実際はまっすぐ歩いていけば王都に到着とはいかないわけだよ。いろんな地形や領と領の境界線、魔獣や人間がゆく手をはばむこともあるだろう」


「それでも、俺は行きます」


 確固たる意志でウォルトは誓う。

 必ず父や弟たちの前にもう一度姿を現し、言葉を交わすと――


「その決意を疑っちゃいないよ。それを実現出来るだけの力があることもねぇ……ヒヒヒ。ただ、孤独な旅は時に心を弱らせ、お前さんの決意を揺らがせるかもしれない。だから、フロルを連れて行きなさい。この子のギフトもきっと役に立つ」


「「……えっ!?」」


 ウォルトとフロル、二人の困惑する声が重なる。


「気持ちはありがたいですけど……危険な旅に彼女を連れて行くわけにはいきません。何より本人の意思を無視することは……」


「フロル、どうなんだい? お前の心は今何と言っているんだい?」


 ファムの質問にフロルの視線は揺れる。

 自分の中にある正直な気持ちはわかっている。


 でも、それと故郷を離れる覚悟は別の話だ。

 どこの子かもわからない、明らかにわけありの赤子を育ててくれたファム。

 そして、余所者よそものの自分と分けへだてなく接し、見守ってくれた村の人々。


 彼らと別れ、今日出会った訳のわからない男と旅に出たいと思っている自分……。


 冷静に考えればまったく訳のわからないギフト、訳のわからない言動、訳のわからない家族との関係性――それを理解しようとし始めている自分。

 そう、何より一番訳がわからないのは……自分の気持ち。


「おっと……これは老人のお節介とせっかちが出ちまったかね……」


 ファムは申し訳なさそうな顔をする。

 フロルの気持ちを察してたファムだが、それを口に出すのは少しばかり時期尚早じきしょうそうだった。


 何とも言えない気まずい空気がエントランスを満たす。

 それを打ち破るように、宿の玄関扉が外側から開け放たれた!


「ファムさん! さっきの兄ちゃんはまだいるか!? ……って、いた!」


 宿に入って来たのは騎士に殴られていた村の男だ。

 彼はウォルトの前に膝をついて、布に包まれている『ある物』を差し出す。


「さっきはクソ騎士どもを成敗して、傷まで治してくれてありがとう! 兄ちゃんのおかげで俺も家族もこの村も救われた! だから、礼としてウチの家宝の刀をぜひ受け取ってもらいたい!」


「家宝の刀を? そんな大切なもの、受け取れませ……」


 はらりと布がめくれ、包まれていた家宝が姿を現した。

 それは刀は刀でも木で作られた刀……木刀だった。


「いや草。修学旅行のお土産か! えっ、修学旅行って何……? というか、木刀が家宝だからって笑うなんて最低だ……。すいません、すいません……」


 ギフト【草】がもたらす謎の情報に混乱するウォルト。

 だが、この木刀がただの木刀ではないことを、ウォルトはすぐに知ることになる。

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