第5話 草がうまくて草
「おいおい、筋肉が膨らんでるぞ……!?」
赤い薬草の効能――
それは
わずかではあるが、目に見えてウォルトの筋肉がムキッと大きさを増したのだ。
「えっ、
草をひとつまみ食べるだけでここまでの効果だ。
流石のウォルトも草を生やすことが出来ず絶句してしまう。
もしこの赤い薬草がフングラの樹海にいくつも生えていて、それを全部食べてしまった時……一体、ウォルトの筋肉はどこまで育ってしまうのか。
「まあ、それを試してみるのも悪くないか。だって、これが俺のギフトだものな」
草を食って強くなる。
この過酷な樹海の中で生き残る道はそれしかない。
ウォルトはさらに薬草を探し回る。
「おっ、黄色い薬草だ! これは確か感覚を鋭くするという言い伝えがあるキヨウ草だ。……あれ? そんな草の名前……知ってたっけ?」
徐々に体が【草】に適応していく。
見知らぬ草の情報も脳内に流れ込んで来る。
ウォルトが黄色の薬草『キヨウ草』を食べると、頭がスッキリして密林の鮮やかな色彩や生き物たちの出す音をよりハッキリと捉えることが出来るようになった。
「さっき食べた赤色の薬草――肉体を強くするゴッツ草よりは地味な効能だけど、たくさん食べれば五感がもっと鋭くなって危険を察知する力が高まるだろうな」
それと視力の高まりはさらなる薬草を探すのにも役立つ。
ウォルトは本能の
そして、見つけ次第薬草を次々と口にしていく。
何分だろうか、何時間だろうか、あるいは何日か……。
夢中のウォルトがふと我に返ると、目の前に大きな池が広がっていた。
「これだけ
光を浴びてきらめく水面にはゴミの一つも浮かんでいない。
素晴らしい透明度を誇る池を覗き込むため、ウォルトはその
「うわっ!? 誰だ……っ!?」
水面に映り込んだのはガッシリとした肉体を持つ青年だった。
ボサボサの緑色の髪にまだあどけなさが残る顔は、どこか自分に似ているとウォルトは思った。
「いや、俺……なのか?」
もう一度水面を覗き込んでも、そこに青年はいた。歳は16くらいに見える。
「草を食べまくった結果、体が成長してしまったんだ……!」
冷静であれば、身長が伸びていることや体重が増えていることに気づけただろう。
ただ、そんな大きな成長に気づかないほど、ウォルトは草を食べるのに夢中だったのだ。
ふと自分が恐ろしくなるウォルト。
我を忘れて草を食い続けるなど、それこそ中毒者……。
「……でも、結構イケメンで草」
水面に映る新たなウォルトの顔は少年と青年の間、かわいさとカッコよさを両立した顔立ちだ。
こんな状況だが、年頃の男の子らしくめちゃくちゃモテそうだなという感想が先に来た。
腕も太くなったが、丸太のように太すぎるわけではない。
女性ウケのよさそうな細マッチョの段階である。
草を引っこ抜き続けて土で汚れた手も、なんだか戦う男の手のようでウォルトは気に入っていた。
むしゃむしゃ草を食うことで得た肉体は、見れば見るほど満足なものだった。
「この状態を水晶ボードで調べたら、一体どれくらいの能力値が出るんだろうなぁ」
少なくとも体力値は1000の大台を超えているのでは……と想像し、ウォルトは一人で笑った。
「ゲベベベベベベ………………ッ!」
「……ん?」
いや、ウォルト以外に笑う存在がいた。
黒い体毛を持つ狼に似た異形の魔獣……。
大きく裂けた口から長い舌を垂らし、形容しがたい笑い声を発している。
「魔獣か……。ここまで出くわさなかったことが、むしろ幸運と考えるべきかな」
ウォルトは騎士になるべく教育を受けて来たが、戦いが好きというわけではない。
たとえ相手が魔獣であっても、命を奪うことに喜びを感じるような人間ではない。
ただ、悪党や魔獣を倒すことが国民の平和につながると信じて腕を
本当は戦いが怖いし、誰とも争いたくはなかった。
だが、今は違う――――
「来いよ、犬もどき……」
バッと勢いよく上着を脱ぎ捨てると、草によって作られた鋼の肉体があらわになる。
肌のツヤがよく、腹筋は割れている。健康そのものだ。
「ゲベベェェェェェェーーーーーーッ!」
異形の狼がウォルトに襲い掛かる!
「おらよォ!!」
迫りくる狼の鼻っ面に、ウォルトは鉄拳を叩き込んだ!
「キャイン……ッ!」
狼は数メートル吹っ飛んで地面を転がった後、子犬のような悲鳴を上げて逃げていった。
「弱すぎて草ァ! まっ、あのタイプの魔獣の肉はおいしくないから仕留める必要もない。それに今の俺には草さえあれば命をつなぐのに困らない」
ウォルトは魔獣を触って汚れた手を池の水で洗う。
「……いや、このまま全身洗っちゃおうか! 空から叩き落されて、全身が土で汚れてるし」
背骨にダメージを受けて地面を這いずり回っている時に、ずいぶんと体を汚していた。
服を着たままじゃぶじゃぶと池の中に入り、まずは服の土汚れを手で落としていく。
ある程度綺麗になったら、服を脱いで池のほとりの岩の上に広げて干す。
その後はウォルト自身の体を頭まで水に浸けて綺麗にする。
「あぁ……ちょうどいい温度で気持ちいい! スカッとするなぁ~」
フングラの樹海は温暖な気候のため、水温も高めで安定している。
湿気のある樹海の中を歩き続けていたウォルトにとって、まさに至福のひと時となった。
「ふぅぅぅ……お? 池の底に何かあるぞ……」
透明度の高い水のおかげで、池の底までよく見える。
おかげでゆらゆらと揺らめく『何か』をウォルトは見逃さなかった。
「あれは
泳ぎ方も父ノルマンに叩き込まれている。
それこそ重い鎧を身につけたまま泳ぐ危険な訓練も乗り越えて来た。
ウォルトは華麗に潜水し、数分間で池の底の水草を見て回る。
そして、ギフト【草】によってもたらされた直感で『当たり』の水草を特定した。
「ぷはっ……! これは薬草……なのか?」
池の底からその水草を引っこ抜いて浮上したウォルト。
水草も間違いなく草ではある。
だが、その水草に関しては独特な
「どう見ても食べちゃいけないものなんだけど、俺の中の【草】がこいつを
とにかく与えられたギフトの力を信じるとウォルトは決めていた。
ゆえに人間の本能が拒否する水草も、【草】の本能に従って食べる!
「いただきます!」
ウォルトはぬめりを生かし、謎の水草を噛まずにつるんと呑み込んだ。
その瞬間、全身に電気が走ったかのような感覚を覚え、麻痺した体は池の底へ沈んでいく。
ぶくぶくとした泡だけが水面に現れては消える――
そうして数分が経ち、息を止めるのも限界だろうというところでウォルトは浮かんで来た。
「はぁ……はぁ……そうだよな……! 草なんだから、そういう草もあって当然だ……。でも、今の俺にとってはすべての草が味方なんだ。こいつもそれをわかってくれた……!」
胃のあたりを手で押さえ、不敵な笑みを浮かべるウォルト。
「まだまだ、この樹海には食うべき草がありそうだ! 草草の草ァ!」
池を飛び出し、服も着ぬまま樹海を走る。
まるで草食動物のように、ウォルトは草を求め続けた。
そして、三か月が経過した――――
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