第4話 この扱いは草

 屋外に出てウォルトは3日ぶりの太陽を浴びる。

 時刻は昼前……白昼はくちゅう堂々の脱走劇である。


「こちらです、ウォルト坊ちゃん……!」


 ひたすらにリザルの背中を追うウォルト。

 城内の人気ひとけのない場所を駆け抜けるように移動してたどり着いたのは、竜騎士リザルの相棒である飛竜ワイスがいる小屋だった。


「ワイスに乗ってください! こいつの力を借りて坊ちゃんを王都の外へ逃がします!」


 リザルがきょろきょろと周囲を警戒しながら言う。

 ノルマンの怒りが収まるのを待つにせよ、他の場所で生きていくにせよ、王都の外に出るという選択はウォルトも納得だった。


 だが、それにしても明確な目的地がほしい。

 14歳にしていきなり当てのない旅はあまりにも厳しい……ウォルトはそう思った。


「逃がすにしても向かう当てはあるんですか……?」


 不安そうなウォルトの言葉に、リザルは自信満々の表情でうなずいた。


「あります! ウォルト坊ちゃんの母方ははかた叔母おば様……つまり、亡くなったお母様の妹さんのもとに行くのです」


「俺の……叔母さん?」


 ウォルトの父は代々騎士の家系だが、母の家系の話はあまり聞かされていない。

 となると、当然叔母の存在をウォルトは知らない。


 不安と共に疑いに似た感情が沸き上がるウォルト。

 知らない叔母を含め、この逃走劇そのものがどこか……。


「このアイデアはテオドール先輩が考えてくれたんです! あの人は坊ちゃんの叔母様にあったことがあるそうで……!」


「テオドールが? 彼が今でも俺のことを……」


「とっても心配していましたよ。でも、それは団長もわかっているようで、今は厳しい監視下に置かれているんです。だから、あんまり坊ちゃんと関わりがなかった私に白羽しらはの矢がたったんです」


「なるほど……!」


 ウォルトの中でパズルのピースがパチンッとはまる感覚があった。

 信頼するテオドールの名が出て、安心したというのもある。


「テオドールの……そして、リザルさんのご厚意を無駄にはしません。俺を叔母さんのところへ連れて行ってください!」


「言われなくても、絶対に連れて行くつもりです! さあ、ワイスに乗ってください!」


 リザルとウォルトは青いウロコを持つ飛竜に乗り込み、王都の空を舞った。


(いつかまた帰って来られるかな……。いや、帰って来るんだ!)


 どんどん遠ざかっていく暮らし慣れた街……。

 ウォルトは涙があふれないよう必死にこらえた。


 そして、必ずまたここへ帰って来ると固く心に誓った。


 ◆ ◆ ◆


 飛竜ワイスが王城を飛び立って数時間――

 眼下がんかにはウォルトが見たこともない大地が広がっていた。


 飛竜の飛行速度は他の魔獣の追従を許さないほど速い。

 そこへさらにリザルの持つ【飛竜騎術ひりゅうきじゅつ】の効果が加算される。


 このギフトは飛竜との意思疎通そつうや、飛竜の能力向上を可能とする。

 飛竜が近くにいなければ無意味なギフトだが、人が竜を従えるという一点はピーキーながら非常に強力なギフトと言える。


「ずいぶんと遠くまで来ましたけど……叔母さんのところへはまだ着きませんか?」


「…………」


 竜の背の上、ウォルトは前に乗るリザルに声をかけるが返事はない。

 すごいスピードで飛んでいるため、風を切る音で聞こえないのかと思い、ウォルトはもう一度問いかける。


「リザルさん! 叔母さんのところにはまだ着きませんか!?」


「あ……ああ、もう少し……ですかね?」


 明らかに歯切れの悪い言葉……。

 眼下に広がる景色は深い深い密林に変わっていく。


「こんな辺境に叔母さんがいるんですか? とても人が住める場所には思えませんが……」


「いや、えっと……それはですね……」


 お人好しのウォルトも流石に気づく。

 この男は何かを隠していると……。


「こんなところに連れて来て一体何を……!」


「お、俺が悪いわけじゃないっすからねっ! 怨まないでくださいよ! これもあんたの父親のノルマン団長の命令なんですから!」


「父さんの……!?」


「直接手を下すわけにもいかないから、勝手にあんたが飛竜に乗っていなくなったってシナリオになってるんす! でも、それで戻って来られても困るから……南の果てのフングラの樹海に落として来いって……!」


「フングラの樹海……! ここがあの未開の大地……!?」


 ボーデン王国の南に広がる深い深い樹海――

 フングラの樹海と呼ばれるここは、広大な面積を持ちながら鬱蒼うっそうと茂る巨大植物と狂暴な魔獣によって、開拓の手を跳ねけ続けている魔境だ。


 人など当然住んでいないし、人間が単独で放り出されて生きていける場所ではない。

 ノルマンの命令は決して殺せと言っているわけではないが、結果として確実に死に至る場所へとウォルトを追いやろうというものだった。


 しかし、それを聞かされて「はい、そうですか」と納得するウォルトではない。


(もう父さんはそこまで俺のことを嫌っているのか……。でも、それでも……こんな扱いは納得出来ない! 王都に戻って父さんと直接話をしないと死んでも死にきれない!)


 そう決心したウォルトは力強くリザルに語りかける。

 もう怯えて逃げるのは終わりだ。


「リザルさん、俺を父さんのところまで連れて行ってください! 説得出来なかったとしても……話をしないまま死ぬのは嫌なんです! お願いします!」


「あっ、命令無視は出世に響くんで、それは出来ない相談っすね」


「え……? あっ、うわあああああああああーーーーーーッ!?」


 飛竜ワイスは華麗なバレルロールを披露する。

 ぐるんと横に一回転し、ウォルトを背中から振り落とした。


「これも命令のせいなんです! だから、何度も言いますけど俺を怨んじゃダメっすからねーッ!」


 遠ざかる飛竜、投げかけられるリザルの無責任な言葉。

 そのまま彼らは方向転換し、王都の方へ帰って行った。

 落下中のウォルトはその姿をうらめしくにらみつけることしか出来なかった。


「ぐあああ……ッ! うぅ、うう……」


 数秒の自由落下の後、ウォルトは木々の枝に体をぶつけながら樹海に落ちる。

 最後には地面から露出した硬い木の根に背中をぶつけて地面に転がった。


 木の枝のおかげで多少は減速出来たが、それでも下手をすれば死んでいた高さからの落下だ。

 全身に走る痛みが、体が正常じゃないことを訴えている。

 特に木の根にぶつけた背骨の痛みは想像を絶するものだ。


「脚が……上手く動かせない……。感覚がない……」


 全身が痛いはずなのに、いつの間にか下半身だけ何も感じなくなっていた。

 まだ動かせる両腕を使って地面を這いずり回る。


 フングラの樹海の中は生命の気配であふれていた。

 植物そのものからも力強いエネルギーを感じるし、そこで生きる魔獣の気配もどこかに感じる。


 このままじゃ自分は魔獣のエサか、植物の養分か……。

 どうすれば助かるのか、そんなことはわからない。

 だが、ジッとしてもいられないウォルトはもがき続ける。

 

 そんな彼の目の前に、見覚えのある草が生えていた。

 薬草学の時に習ったが、名前を忘れてしまった草だ。


 その緑の葉は少し肉厚で、中に多くの水分と有効成分を含んでいる。

 他の薬草や薬品と組み合わせて加工することで、傷をいやす薬を作れる。


 だが、他の材料も加工する設備も手元にはない。

 この薬草をそのまま食べるだけでは、目に見えるような回復効果は得られない。

 ましてや下半身麻痺のような重傷を治せるような効果は……。


「草……草だ……!」


 理屈ではなく、ウォルトは本能で草を求めた。

 その草を口に入れ、噛みしめ、み込んだ瞬間……不思議なことが起こった。

 全身に力がみなぎり、下半身の感覚も戻って来たのだ!


「うおお……おおおッ! 草うめぇ!!」


 ウォルトは治ったばかりの脚で立ち上がり叫んだ。


「ああ、そうか、そうだったのか……! 【草】とは……!」


 本来大した効果を得られないはずの薬草から得られる莫大な生命エネルギーは、ウォルトの重傷だった体を一瞬で治した。

 それは【草】というギフトに『草の効能を高める力がある』と推測するには十分な事実だった。


「もっと草を……草を食べたい……! そうすれば……!」


 ウォルトはギラギラとした視線を周囲に向ける。

 すると、数メートル先の木の幹に寄生するような形で生えている赤い草を見つけた。


「あれは確か……滋養強壮じようきょうそう効果があるとされる希少な薬草だったかな。流石は未開の地だけあって、売れば儲かる草も放置されているな」


 そうつぶやいたウォルトの脳内にある『ひらめき』が起こる。


「わずかな回復効果しか持たない薬草でこれだけの効果を得られるなら、豊富な栄養で強靭きょうじんな肉体を作ると言われている貴重な薬草を食えば……!」


 ウォルトは赤い草に駆け寄り、それを引っこ抜いて迷うことなく食べた。

 その瞬間、またもやウォルトの体に不思議なことが起こった。

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