第3話 絶縁されて草

 怒りがピークに達したノルマンから放たれたウォルトへの絶縁宣言。

 しらけ切っていた広間の空気が一気に引き締まる。


 絶縁ということは、親と子の関係でなくなるということ。

 これからはウェブスターの家名を名乗ることは許されない。

 当然、騎士団団長の座を継がせることもなく、それどころかウォルトを家に置いておくことも許しはしないだろう。


「ノルマン団長……! 一時の感情で親子の縁を切るなどと口にするべきではありません!」


 部下の騎士がノルマンの蛮行ばんこうを止めに入るが、ノルマンはその騎士を強靭きょうじんな腕を振るって突き飛ばした。


「ええい、黙れ黙れっ! こいつは父である私を侮辱したのだ! 何という不快感……ッ!」


 今もノルマンは草の意味をわかっていない。

 だが、とんでもなく自分を馬鹿にされたということだけは確信していた。

 時に草はどこまでも人の神経を逆撫さかなでにする。


「能力値が下がるギフトを与えられたこいつを家に置いておいたところで、与えられる役目などないわ! 騎士どころか兵士すらも当然務まらん! どうしようもない穀潰ごくつぶしだ!」


「いや、しかし……我が子をそんな……」


 部下の騎士は食い下がる。

 だが、ここまで激昂げっこうしたノルマンを説得する難しさを知っているがゆえに、彼の声のトーンは徐々に下がっていく……。


「父を侮辱した罰として、城の地下牢にでも放り込んでおけ! これは団長命令だ!」


「……はい」


 部下の騎士は不服そうにしつつも、ノルマンの命令に従った。


「申し訳ございません、ウォルト坊ちゃん……。この場は引き下がるのが得策かと……」


「ああ……。かばってくれてありがとう、テオドール……」


 その騎士テオドールは苦悶くもんの表情を浮かべながらウォルトを連行した。

 自分を想ってくれる人間が1人いるだけでも、今のウォルトには大きな救いだった。


 この場にいるほとんどの人間が、ウォルトのことを気の毒そうに見つめるだけで何もしてはくれない。

 昨日までは未来の団長と言ってウォルトをもてはやしていた騎士たちも、いずれ受け継ぐ権力を求めて色目を使って来た女たちも、血を分けた兄弟でさえも……ノルマンに意見することはなかった。


 自分という人間が評価されていたわけではない。

 評価されていたのは家柄と能力値と……期待感。

 こいつならば優秀なギフトを授かるであろうという期待感だったのだ。


(ロクでもないギフトを授かり、家柄も能力値も失った『ウォルト・ウェブスター』という人間は必要とされていない……か)


 ウォルトはその現実を噛みしめるしかなかった。


 ◆ ◆ ◆


 そうしてウォルトが地下牢に入れられてから3日が経過した――


 必ずここから出すと意気込んでいたテオドールは、しばらくすると来なくなった。

 テオドールもまた他の人間と変わらなかったのか、それともノルマンに邪魔されているのか……それは牢の中のウォルトにはわからない。


 現在、地下牢にはウォルト以外の人間がいない。

 そもそも、王城の地下牢は使われなくなって久しいのだ。


 それをノルマンは有効活用言って、子どもへ罰を与える時にこの地下牢と使っていた。

 そういう意味では、ウォルトにとっては少し懐かしい場所でもある。


 ただ、だからと言って気分が休まるわけではない。

 外がどういう状況になっているのかはわからないし、自分自身に与えられたギフトの正体もまったく掴めずにいた。


 少なくとも【植物魔術】ではないことはハッキリしていた。

 3日かけていくら頑張ったところで、魔法の1つも出やしなかったからだ。


 今のところわかっている【草】の効果と言えば、言葉遣いや思考の中に『笑い』に近い意味を持つ草という単語と表現が入り込んで来るだけだ。


「使えなさ過ぎて草……」


 もう笑うしかないという意味でも草を使う。

 1日2回の質素な食事くらいしか楽しみがないウォルトは力なくうなだれた。

 とにかく食事が運ばれてくる時の足音だけが待ち遠しい……。


 その時、薄暗い地下牢に足音が響いた。

 ウォルトの心は一瞬踊ったが、まだ食事の時間ではないことに気づく。

 時計はなくとも腹の具合で何となく時間はわかるのだ。


(もしかして……やっと出してもらえるのか!?)


 希望を抱かずにはいられないウォルト。

 そんな彼の前に現れたのは……弟であるニールとアストンだった。


「ニール! アストン! 来てくれたのか……! ありがとう……!」


 やっと出られる……ウォルトの希望は確信に変わっていた。

 しかし、弟たちから放たれた言葉で、彼の希望はあっけなく打ち砕かれる。


「なぁに勘違いしてんだよ、クソ兄貴。俺たちは暇潰しに負け犬のツラをおがみに来ただけだぜ? なぁ? アストンよぉ」


 ニールは見下すような目つきでウォルトをにらむ。


「ふふふ……そうだよ。弱ってるウォルト兄さんもかわいいなぁ~」


 アストンはニールの腕に抱き着きながら、人を小馬鹿にしたような視線をウォルトに送る。


「な、何を言ってるんだ……お前たち……」


「そのまんまの意味だよ。頭まで悪くなったか? あっ、そうそう……これからは俺とアストンでウェブスター家を引っ張っていくことになったぜ。クソ兄貴はいなかったことになるんだそうだ」


「うふっ! かわいそうだから、せめて殺さないでとは言ってるんだけどねぇ。果たしてどうなることやら……お父様のみぞ知るってところかなぁ?」


 弟たちの言葉にウォルトは絶句するしかなかった。


(ニールもアストンも性格が変わっている……。いや、これまでこういう一面を見せなかったわけじゃない。イラついたニールにクソ兄貴と呼ばれたこともあるし、アストンの話し方がこう……ねっとりした感じになったこともある。強力なギフトを授かったことで、その一面だけが強化されているのか?)


 必死に思考を巡らせるウォルトをよそに、ニールとアストンは固く抱き合っている。

 まるでこの世に2人しかいない兄弟のように……。


(くぅ……! 2人とも小さい頃は雷が怖いと言ってベッドの中の俺に抱き着いて来たのに……! 訳のわからないギフトを授かっただけでこんな扱いを受けるなんて……!)


 ウォルトには今のすべてが我慢ならなかった。

 いくら何でも人間としての尊厳そんげんまで否定されるいわれはない。

 牢の鉄格子てつごうしを掴んで揺らし、大声で訴えかける。


「俺をその間に入れろ! ニール! ダストン! 俺たちは三つ子だろ!? 血を分けた俺たちは一緒に母さんの分まで頑張って生きようと誓ったじゃないか!」


「なら、もうちっとマシなギフトを授かれば良かったんだろうがッ!!」


「うぐ……っ!」


 ニールの叫びを聞いて、ウォルトの中に自責の念が生まれる。

 そうだ、自分がもっとちゃんとしたギフトを授かっていれば、すべては上手くいっていたんだ……と。


「行こうぜ、アストン。ここにいたら不愉快な気分になる」


「うん、そうだね。じゃあ、また気が向いたら顔を見にきてあげるよ、ダメダメなウォルト兄さん」


 ニールとアストンは去り、地下牢に静寂が戻る。

 ウォルトはただその場に倒れ伏すしかなかった。


 もしかしたら、もう二度とここから出られないかもしれない……。

 そんな恐怖と不安より、ウォルトにとっては兄弟たちの冷たい言葉と視線の方が苦しかった。

 たとえ父が自分を許すことはなくとも、兄弟さえ味方でいてくれたら……。


 しかし、現実はすべてが敵だ。

 アストンが言っていたように、せめて殺されないように祈ることしか出来ない。

 そう思っていたウォルトのもとに、新たな足音が近づいて来た。


「ウォルト坊ちゃん! ここから逃げましょう!」


「テオドー……いや、あなたは確かリザルさん?」


 騎士団団長の息子とはいえ、すべての騎士と親しいわけではない。

 顔と名前は知っているが、まだ関わりの薄い相手もいる。


「そうです、坊ちゃん! 【飛竜騎術ひりゅうきじゅつ】のギフトを持つ竜騎士リザル・ドートとは私のことです……って、自己紹介している場合じゃない! 逃げましょう、坊ちゃん!」


「もしかして、このままだと俺は……」


「殺されます……!」


 悪い予感っていうのはすぐに当たるな……と実感するウォルト。

 しかし、父ノルマンの覚醒の間での怒りようは、息子への愛が殺意へと変わっていてもおかしくはないと誰もが思うだろう。

 それは実の息子であるウォルトとて同じ認識だった。


「わかりました、逃げます!」


「流石はウォルト坊ちゃん、判断が早い! こんな聡明そうめいなお方を殺してなるものか! ささっ、こちらへどうぞ!」


 鍵を使ってガチャンと地下牢の扉を開くリザル。

 彼の指示に従い、ウォルトはこっそりと地下牢から抜け出した。

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