第2話 みんな絶句で草
それもただの【草】ではない。
巨大な石板いっぱいに、でかでかと【草】の文字が浮かび上がっているのだ。
ウォルト以外のギフトは、石板の大きさに対して
にもかかわらず、ウォルトの【草】だけは石板の広さを存分に使った巨大文字だ。
視力が落ちているお年寄りにまで、その【草】の存在は一瞬で伝わった。
「えっと、【草】ってどういうことだ……?」
「植物魔術ということなのか?」
「それにしたって『術』ですらないのはおかしいぞ……」
【草】を目撃した全員が近くにいる人間とヒソヒソ話を始める。
おかげで覚醒の間は大いにざわついた。
だが、何よりざわついたのは【草】に選ばれたウォルトの心だ。
そして、彼の家族であるウェブスター家の人間である。
「こ、これはどういうことだ……。我が一族……この国……いや、
大いに慌てるウォルトの父ノルマン。
しかし、そこは歴戦の騎士団長……すぐに部下へ指示を出す。
「ウォルトの能力値を表示しろ! 訳のわからんギフトでも、能力値の上がり幅を見ればおおよその使い道がわかる!」
「あっ、はい……!」
武術系ギフトならば身体能力を表す『体力値』。
器用さ、五感の鋭さなどを表す『技力値』。
この2つの値が上昇する傾向にある。
魔術系ギフトならば保有する魔力を表す『魔力値』。
精神面の強さ、魔法を制御する能力を表す『気力値』。
この2つの値が上昇する傾向にある。
5つの能力値で残る1つは『
怪我からの回復、病気や呪いへの耐性を表す。
これが大幅に上昇するギフトは少なく、生まれ持った資質に左右されやすい。
特殊系ギフトでも何かしらの能力値は上昇するため、どんなギフトを授かった場合でも能力値の確認は行うべきなのだ。
「こ、これは……!」
「見せろっ!」
部下から能力値が表示された水晶ボードをぶんどるノルマン。
「なっ……!? 何も上昇していない!? いや、それどころか気力値はわずかに減少傾向だと!?」
ノルマンの顔が青ざめていく。
ギフトを授かる前からほとんどの能力値が400を超え、5つすべての能力値を合わせた『総力値』は優に2000を超えていたウォルト。
英才教育を受けた貴族の子でも、ギフトを授かる前に総力値が1500を超えれば天才だ。
平民では総力値が500超えない少年少女も珍しくはない。
ウォルトは神童の名をほしいままにしていた。
そんな彼に与えられたギフトが、まさか使い道もわからず能力値も底上げせず、それどころか微妙に能力値を下げて来るとは……。
騎士団団長の息子という立場上、『あいつがそんなことになったら面白いだろうな……』と考えていた者はいただろうが、本当にそうなると思っていた者は
こうなっては生まれ持った能力値の高さもほぼ無意味となる。
ギフトを授かってからの方が人生は長く、能力値の上がり幅も大きい。
さらにはギフトが使い物にならない役立たずとなれば……神童も14歳にしてただの人である。
「……ふっ、ふふっ」
覚醒の間にいる誰かが、場の空気に耐えられず笑った。
それは全体へ徐々に
いつもふんぞり返っている団長、その自慢の息子が無様を晒しているのだ。
これが楽しくて仕方ない人間はたくさんいる。
副団長なんかは人目をはばからず大笑いしている。
そんな中、ウォルトは真顔だった。
まだ、自分の身に起こった不幸が
「父さん……ニール……アストン……」
ウォルトの視界に映った家族もまた笑ってはいなかった。
弟たちは困惑し、父は青ざめた顔が徐々に赤くなっている。
これは父の怒りが爆発する前触れだとウォルトは察した。
(父さん……ごめん……。でも、俺はもうなんと言えばいいか……わからないよ……)
他人に笑われるのには耐えられても、父に失望されるのは悲しかった。
ウォルトはうつむき、これが何かの間違いだったらいいのにと思う。
しかし、石板に表示されたギフトが間違っていた事例は過去はない。
能力値の表示に関しても同じである。
実際、ウォルトが石板の前から動けずにいるため、そこにはずっとでかでかと【草】が表示され続けているのだ。
その文字を見ていると……ウォルトは何だか少し楽しくなって来た。
決して笑える状況ではないし、笑い飛ばす余裕もない。
だが、【草】という文字を見続けていると、何だかクスッと笑えるような小さな面白さが心の中に芽生えるのを感じた。
「ふふふ……草」
無意識につぶやいた言葉にウォルトは驚く。
(楽しい気持ちを表現するために、俺は無意識に草という言葉を使った……? でも、草という単語にそんな意味はないはずだよな……? 俺もそんな使い方、聞いたことがないし……)
でも、
草という言葉は笑うことと同義であると、ウォルトの認識の中にするりと入り込んで来る。
それがさも当然の常識であるかのように。
(笑いに包まれる覚醒の間はさながら大草原……!)
自分の認識が書き換えられた感覚も、今のウォルトには心地良かった。
そんなに今の状況を悲観しなくもなった。
別に草を生やして死ぬわけでもあるまい……と。
だが、父ノルマンはそれで済まなかった。
「くっ……! 石板のミスだっ! こんなものっ! こんな【草】などというギフトがあるかっ!」
顔どころか首までも赤く染めながら、ノルマンはウォルトの近くまで駆け寄り広間全体に呼びかけるように叫ぶ。
「やり直し……そう、やり直すんだっ! 後日やり直せ! 国中の学者をかき集めて石板がおかしくなった謎を解き明かし、もう一度……!」
この場にいる全員がそんなことは無理だとわかっていた。
笑いに包まれていた覚醒の間も、ノルマンの出しゃばりでしらけた空気になる。
「父さん……ごめんなさい。でも、もういいんだ。これが俺のギフトだって自覚はあるんだ。だから、こんなことはもう……」
ウォルトは父を
「いいわけないだろ……馬鹿息子がっ! 俺の期待を裏切って面倒なことを起こしおって! お前が良くても俺が良くないっ! こんな出来損ないが我が息子では、ウェブスター家の名が汚れるっ!」
今まで騎士団の団長として何度も秘術覚醒の儀を見守って来たノルマンには、あの石板に間違いがないことが心のどこかではわかっていた。
しかし、だからこそ認めるのが怖い。
自分の息子が望まないギフトを与えられ、親を失望させる子の1人だということを。
今までに何人も見て来た
「父さん……そんな……!」
取り乱す父親の姿にウォルトは大きなショックを受ける。
厳しい教育の数々は自分に対する愛情そのものだと思っていた。
しかし、今の父は親として団長としてのプライドを守るためだけに
そこに親としての愛情など存在しないことは明らかだった。
今まで築き上げて来た親子関係が崩れていく……。
そんな感覚を覚えたウォルトは本能のままに叫んだ。
「父さん、顔真っ赤で草!」
「…………っ!?」
突然息子が叫んだ意味不明の言葉。
ノルマンは絶句するが、何となく本能的にとんでもなく侮辱されていることは伝わった。
草――それは笑いだけでなく、使い方によっては相手を心底馬鹿にすることも出来る。
発音にすればたった2文字、あまりにも簡単な感情表現だ。
だからこそ、使いどころを誤れば大きな災いを呼び寄せることもある。
「ウォルト、お前をウェブスター家から追放するっ! 今日、この日から絶縁だっ!」
「…………え?」
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