ハビタブる惑星
天波 八次浪
ハビタブる惑星
後輩が追放されたので、ついていく事にしました。
後輩氏が初めて体験することになる
後輩氏は私と違って、常は細やかに思考の枝を伸ばして
むしろスッキリした、と後輩氏は笑っていました。
* * *
自由とは既存の理路に順応する事だった。そうすれば格段に出来ることが増えた。固有の思考域は
ずっと苦しさがあった。なにをしても
息を潜めてただ思考を循環させ続け、もういい、と思って
先輩が
* * *
この
周囲には
この星は誰が
「
と、後輩氏に限らず
「だめです」
「なんで」
「なにか居るかもしれません」
低温の渦の美しさ、なんて云ったって
「なにかって、こんな極寒気帯の底に?」
後輩氏、興味を持ってくれたようです。
「陽の近くの
「まさか、生命が存在できる環境じゃありませんよ」
「みてご覧なさいな」
後輩氏は驚くほど素直に陽の近くのぬるりとした星に枝を向けました。
「確かに流動はありますが、生命というには纏まりに欠けますねー。まだこちらの嵐の方が生命に近いと思えます」
「もっと小さい、
「まさか」
「よくよくご覧なさいな」
後輩氏は枝を伸ばすも、幾層もの気帯に攪乱されてなかなか小さな生体を捉えられないようで、徐々に殺気立ってきました。
「うぎぃい」
「波を利用するのです」
「ってぇと?」
「直に枝を伸ばすのではなく、粗密の波や光子を利用するのです」
「そんなぐっちゃんぐっちゃんになった波でなにがわかるっていうんです?」
「あの星の
「そんな無茶な」
「誤差だと感じているものに意識を凝らすのです」
「そんな難しい……」
ぼやきつつも興味は増したようで、暫し試行錯誤した後に不意に後輩氏が仰いました。
「いや先輩の
「だめです」
「先輩もですか」
「私はこの形で最適化しているので。
「
「それは過密な環境での処世術です」
云いますと、後輩氏は感じる処があったようで、不意に虹めき、凜乎として仰いました。
「もう、幾ら
「先輩、先輩、みてください」
と云われるまでもなく、それはやたらぴかぴか眩しく光を跳ね返して、先刻から気になって仕方がなかったものです。
「あの
後輩氏は距離の詰め方が極端です。
「群れに混ざればもう区別がつきません、完璧に仲間として扱われる筈です」
「いやいや」
急に距離を詰めるために詰めが甘い処も目立ちます。
「なにか不自然な点があります?」
「不自然な点ばかりですがまず大きさが違います」
「これくらい誤差でしょう」
「いやいやいやいや、群れを観たなら個体差の
「同属じゃないってバレますかね」
「まず同属だと思ってももらえないでしょう」
「そんな」
「表面の質感も、
「
「先入観で物作ってるでしょ」
後輩氏は瞬時に内省に入りました。そして
と、思ったのですが、交流用
実はあの星のいきもの、固体化した組織で液化した身体を包み込むことで、低温環境下で恒常性と流動性を保って生体たりえているのですよ。等々、役立ちそうな豆知識が色々とあるのですが。
「仲良くなれたらおみやげに渡してもいいかも」
と、云ってみた頃にはもう、後輩氏は増やした
私、余計なことを云って意欲を削いでしまったかもしれません。
* * *
何かが来る。
自分たちの
「先輩」
「気付きましたか。ご覧の通り、これは
先輩が得意げに指す一点になにか小さなものが漂っているが、そうではなく。
「何か来ます」
「おや。彗星でしょうか、軸星に近づくと表面から気化して尾を引くんですよ。……違いますね、
「大会?」
「
死の星を可棲化する大会。かつて先輩はその競技者だった。何度も受賞していたが、突然辞めて
「素材を現地調達して組むやつですね。となると
「……まずいですか」
「壊しましょう」
「そんな事をしていいんですか?」
「立場によります」
「いけない事ですよね」
「
好戦的に先輩が枝を伸ばす。雲下の雷が止み、天の荷電粒子が渦巻き加速していく。
「やめましょう、
「いいえ」
来るな、と祈った直後、
「……周回しただけでしたね」
「いえ、減速しました。まずいです、降着するつもりです」
「どこに?」
「君がみていたあの
「……それは」
「まずいでしょう、私は行きます」
先輩の枝が急速に冷えて、あの小さな殻に潜り込んだ。
「先輩、自分も……!」
「
先輩は旋回させた荷電粒子を纏ったまま小さな
* * *
初速も
手をこまねいている間に
「追いつけません、そちらは!?」
すぐに応答が来ました。
「どこですか先輩!?」
文句を云いかけて、後輩氏がこの星の
「間に合いませんね、追って降下します」
「自分も」
続いて突入すると、気帯がお腹の下で圧縮されて、生身でも平気なくらいにぽかぽかします。殻が気帯に
降下してゆく
「見失いました!」
後輩氏が云う。そう、
「
* * *
函館上空を横断した火球は網走沖に落下し、沿岸では微弱な地震と数cmの津波が観測された。
同日、大雪山国立公園で光の巨人が目撃された。
* * *
十勝連峰を這うように白雲が流れていく。初夏の陽射しが眩い夢現の正午。一面の紫の花畑を臨む道の向こうから幻のように白いロードスターが現れた。
胸の奥が重苦しく痛む。年末の事故で僕を庇って廃車になった愛車に見えてしまう。
逸らした目の端に、無人に見えた運転席のシートが焼き付いた。
「……なあ」
白いロードスターが滑るように速度を落として真横に停まった。
誰も乗っていない。
埃ひとつない真新しい車体。初夏の幻はやけに鮮明だ。火山に似た、無機質な刺激臭を漂わせている。
夢なら、二度と覚めたくない。せめて、
「……帰ってきてくれたんか?」
触れようとした車体は真夏の炎天下のように熱い。
不意に車体が震えて響いたエンジン始動音で、このロードスターは無音でやってきて停まったことに気付いた。
回転数が上がっていくエンジン音が人の声のように聴こえる。
「おそらく初めまして、ですが」
聴き慣れた音がして運転席のドアが勝手に開いた。
「乗りますか?」
こんなの抗えるわけがない。実は僕は事故の時に死んでいたのかもしれない、そのことに気付かずいままで彷徨っていてようやくやって来たお迎えがこのロードスターなら、都合が良すぎるくらいだ。
体を沈めたシートは硬く、ハンドルも未だ手の脂を知らない感触。新車に初めて乗った感覚が去来して胸が詰まる。涙があふれてくる。
「……君は……誰なん?」
風が頬の涙を吹き散らした。雲が往く音が響く。ラベンダーの香りが鼻をつき、鋭利な現実感が戻ってくる。
「通りすがりの異星の者です」
エンジンの振動と共に確かに流暢な日本語が聴こえた。
「なんて?」
全く予想していなかった言葉に軽く混乱した。
いや、言葉って。
「君が喋ったん?」
ハンドルをとんとんと叩くと、
「ええ、車体から音を出しています」
ヴゥン、とエンジンが鳴った。
「AI? それともオペレーターさん?」
「異星の人類です。でも急いで学習したので対話に関してはAIと一緒かもしれません」
「異星って、宇宙から来たん?」
「ええ、外の方から」
昨夜のニュースが脳裏に浮かぶ。上空を横断した巨大火球と、大雪山に現れた巨人の影。
「なにしに来たん」
エンジンの回転数が少し落ちて微細な振動になる。深呼吸のように。
穏やかな、けれど、張りつめた声音で、白いロードスターは言った。
「この星はいま、危機に瀕しています」
ハビタブる惑星 天波 八次浪 @yajirow
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