第84話「土と髪」

























「愛乃ちゃんとイチャイチャ買い物デート終わって戻ってきたと思ったら…なにこの修羅場。相変わらずモテモテだねぇ、羨ましいよ」


 いつもの調子で軽口を叩いて、蛟は髪を巻きつけたメイの爪を、新亜の体から離した。


「オマエ…なんだ」

「君かわいいね、名前は?」


 敵意を向けてくるメイに対しても、普段の調子で気さくに話しかける。それが気に食わなかったのか、メイは舌打ちをして睨みつけた。


「ジャマするな…!」

「なんだ…名前も教えてくれないの?かわいいからナンパしようと思ったのに…さ!」


 伸びてきたもう片方の手の爪を軽々と避けながら、内心は名前を聞けなかった事に焦る。それさえ分かれば後は早いというのに、憤ったメイには会話は通用しないようだった。

 どうしたもんか、と悩む蛟のそばへやってきた愛乃は、一番に蛟の脇腹を殴り付けた。


「いった…!え、なに?愛乃ちゃんも敵なの?やだよあたし戦いたくないよ」

「彼女の目の前で他の女の子口説かないで!」

「あぁ〜…そういう。ごめんね、名前聞くための軽い冗談だよ」


 色んな意味で焦りながら、可愛らしく怒った愛乃をなだめた。


「冗談でもやだっ」

「とりあえず喧嘩は後にしよ、ね」


 その間にも繰り出された攻撃を避けるため、愛乃の体を抱きかかえて後ろへ飛ぶ。


「……君たち付き合ってたのか」

「いや、今日が初日」


 起き上がった新亜とそんな会話をしながら、蛟は髪の束をメイへと伸ばした。だが、それが届く事はなく、鋭利な爪によって綺麗にぱっつり切られてしまう。


「あー!あたしの大事なキューティクルが…」


 落ち込む素振りを見せた後で、蛟は喉を鳴らして笑う。


「まぁ髪はまだあるから」


 余裕綽々で髪の束を数十本作り、その全てをメイへと向けて放つ。腕が2本しかないメイに捌き切れるわけもなく、まんまとその体は金色の髪によって拘束された。

 それでも、メイ本人に焦りの色は見えない。

 これはまだ何かあると三人が警戒した時、予想通りメイの能力はその全貌を明らかにした。


「おいおい…まじかよ」


 空に浮かぶ煌々と輝く月を覆い隠すように、空中へと広がった大きな波を見上げて、蛟は唖然とした声を漏らした。

 全員が言葉を失い、立ち尽くす。

 メイの能力によって生み出された大きな波は、そのまま三人を飲み込もうとゆっくり降りかかってくる。それはあまりにも、絶望的な光景だった。


「っみんな下がって!」


 蛟の腕の中から飛び降りた愛乃は、足元の砂浜に勢いよく手を付けた。

 波が三人に当たる前に、大量の砂が渦を巻きながら移動して大きく分厚い壁が出来上がる。

 水と砂が激しくぶつかり合い、それによって作られた大量の泥が音を立てて四方八方に散らばり落ちた。


「んぅうう…〜っ!」


 さらに魔力を振り絞って、愛乃は砂の濃度を高めていく。次第に水の勢いが収まり、跳ね返すように砂の勢いは増していく。

 その代償として、三人の足元からは大量の砂が穴を開けるように減っていた。

 激しい水音と共に水を跳ね返した時にはもう、足元の砂は無くなり、その下に隠れていた土が顔を現していた。その土さえ愛乃の能力によって操れるものだが、水と土では相性が悪いのは明らかだった。

 たった一回の攻撃でこれだけの量を使うとなれば、長期戦は危うい。

 砂や土は水に溶けてしまうことも考えると、今の三人の立場は圧倒したようでその実、大きく不利に立たされている。

 蛟の髪も、濡れてしまえばどうなるか分からない。海水を含んだ髪さえ、操られてしまう可能性がある。


「どうすんの、これ…」

「っ…どうにかするしかないだろ」


 いくら体を鍛えても水は殴れない。

 自分の無力さを痛感しながら、新亜は顔を引きつらせた。

 さらにズキリと痛む全身の傷に顔を歪ませたが、今はひたすら耐えるしかない。ここで倒れるなんて許されるはずもなかった。


「くそ…知華子がいれば」


 何気なく言った蛟の言葉に、冷や汗を流す。

 今この場に知華子がいないのは、自分のせいだ。邪で不相応な欲が働いて、彼女を気絶させてしまったから。

 後悔しても遅い。


「とりあえず、彼女を倒すんだ!」


 今はもう、出来ることをやるしかない。

 腹を括って、三人は改めて臨戦態勢を取った。













 










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