第78話「させないよ」
無事にちょっとやらしい雰囲気で嫌な気持ちにもなった日焼け止めを終えて、気を取り直して海へと駆けた。
「かっこいい…」
「連絡先、交換しませんか?」
「え、い…いや僕は人と来ていて…」
レジャーシートから離れてようやく波打ち際まで来た時にはもう新亜は複数の女の人に囲まれていて、その対応に困っているようだった。
やっぱり顔が良いからモテるんだな…と思いつつ、せっかく一緒に遊ぼうとしていた新亜を取られてしまって私も困る。蛟と愛乃先生は完全にふたりだけの世界だし…これじゃあ、みんなで海に来た意味がない。
ひとりで遊ぶのは退屈だから、やっぱり知華子を誘おうと、またレジャーシートの方へと戻った。
「ちかこ」
あえて気さくで呑気な感じで話しかけたら、私を見上げた知華子は逆光の眩しさに目を細めていた。
「一緒に泳ご?」
「遠慮しとくわ」
「そう言わずにさ、楽しもうよ」
「……あいつと遊べばいいでしょ」
膝を丸めて、拗ねた子供みたいな事を言う知華子にため息をつく。
「ほら、見てよ。あれ」
次第に周りに集まってきた美女達に困惑している様子の新亜の方を指さしたら、流石の知華子も察したのか苦笑していた。
「あいつ…他の女にもモテるのね」
「まぁ実際かっこいいしね〜…私は興味ないけど」
言いながら、知華子の隣へ腰を下ろした。
「どうしてよ。あんなイケメン…興味のひとつでも持ってあげないと可哀想よ」
「そうは言われても、興味ないもんはないし」
「歩くだけで女を魅了するあいつと、男も魅了するあなたで…お似合いじゃない」
「なんでそんなこと言うわけ?興味ないって言ってるじゃん」
「それにあいつは…あなたの運命の相手でしょ」
「これがおとぎ話の中ならね。でも、そうじゃないから」
やたらと新亜を推してくる知華子にうんざりしながら、今はもう私に興味なんてなくなっちゃったのかな…なんて少し落ち込んだ。
「…私が興味あるのは、知華子だけだよ」
落ち込んでても仕方ないから、勇気を出して気持ちを伝える。…遠回しだったとしても私からこんな風に想いを話せたのは、これが初めてかもしれない。
私の言葉に少しは照れてくれたのか、知華子は目を伏せて顔を反らした。耳が赤くなってる。
「ねぇ…知華子」
照れてるその感じがかわいく思えて、知華子の方へと身体を向けた。
「私のこと、まだ好き…?」
不安に揺れる心で聞いたら、すぐに私の方を見てくれた知華子は、言葉を詰まらせてるみたいだった。視線が一瞬だけ胸元に向いて、それがさらに彼女の動揺を誘ったらしい。
「…おっぱいは、気になるんだ?」
意地悪な気持ちで、水着の布を軽く指でずらす。視線はすぐに落ちて、私の胸元へと向けられた。このむっつりめ。
赤い顔で見つめてくる。小さく、何かを飲み込むように喉が動いた気がした。
…興奮してくれてるのかな。だとしたら、ちょっと嬉しい。もう興味持ってくれるなら、なんだっていい。
「もっと見てもいいよ?ほら」
「っべ、別に見てないわよ」
「うそつき。…まぁいいけど」
そこにいつもみたいな余裕そうな表情は無くて、戸惑いと恥じらいに染まった顔がどうしようもなくかわいく思えて、その紅潮した頬に手を伸ばす。
もう、いいや。
知華子が私のことを好きじゃなくても…私は知華子が好きだから。
伝えちゃおう。
「な…何よ」
「私はね、知華子」
僅かに身を引いた知華子を追うように、体を傾ける。
「知華子のこと」
「っま、待って」
目を合わせて想いを伝えようとしたら、焦った仕草で口元に手のひらを当てられた。
いつもならここで不満に思って伝える気を失う私だけど、今日は違う。
汗ばんだその手のひらに唇を押し当てて、そのまま口を薄く開いた。その隙間から、汗を掬うように舌先を伸ばす。
「ち…ちょっと、何してるの」
動揺して慌てて手を離した知華子へと、すぐに顔を近付けた。
夏の熱気と、今からやろうとしている事への羞恥心で体温を上げた私の体は額の方から汗を垂らして、それが顎の方へと滴り落ちていく。
ポタリと垂れた体液が、レジャーシートを濡らした。
「知華子…」
好き。
それを伝えて、キスをしようと知華子の頬を捕まえた私よりも先に、
「だめだよ」
大きな手が私の口を覆い隠した。
「僕がいる前でそんなこと…許すわけないだろ?」
筋肉質な細い腕がお腹に回って、後ろへと抱き寄せられる。
「まったく…僕を置いていっちゃうなんて寂しかったよ、香夜」
ため息まじりに呟いたその人物を肩越しに見上げたら、そこには新亜が拗ねたように眉を垂らしていた。
「僕が他の女の子に取られちゃってもいいの?」
「うん」
「…傷付いちゃうな。それに、助けてくれないなんてひどいよ。彼女達を押し退けて来るの大変だったんだから」
正直な気持ちで頷いたら、わざとらしく肩を竦ませて新亜は落ち込む様子を見せていた。そんな顔されたって、ほんとに嫉妬とかしないもん。仕方ない。
「まぁいいよ。…これから僕のこと好きになってくれれば」
「ならないから」
「させるよ、必ず」
頑なな意思を持って伝えられた告白に、思わずため息をつく。いつになったら新亜は私を諦めてくれるんだろう。
「欄宮さん…君にだけは渡さない」
どうしてか、知華子に対してだけは異様なまでに攻撃的な態度の新亜が、珍しく低い声を出した。
「……好きにして」
それに対して知華子は反発すらせずに、冷えた声を返して私から目を逸らしてしまった。
気分はどんどん暗くなる。
せっかく両想いになれたと思ったのに、どうしていつも私達はこんな風に拗れるんだろう。
虚しい思いだけが、心の中を覆い尽くした。
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