第77話「不穏な気配」

























 海の家で水着やその他諸々を買い揃えた私達は、さっそくそれに着替えて再び砂浜へと降り立った。蛟と愛乃先生は持参していたみたいで、もうふたりで先に海に入って遊んでいた。


「わぁ…私達も早く行こ!」

「…香夜、日焼けしちゃうよ」


 その光景を見てワクワクしながらふたりの方へと振り向いたら、新亜が私の肩にサンシェードの上着を掛けてくれた。


「日焼け止め塗ってから行こう、後で辛くなるからね」

「うん、そうだね!ありがと」


 ふたりでレジャーシートへ戻ると、知華子は真っ黒な透けた上着のフードを深くまで被って、パラソルの影の下でひとり体育座りをしていた。


「知華子も行こうよ」

「…嫌よ」

「なんでよ」

「……あのね、私は仮にも吸血鬼なのよ?この炎天下の中、そんな元気に走り回れる訳がないでしょ」


 普段これといった吸血鬼の弱点なんて無さそうだったから忘れてたけど…そっか、吸血鬼は日光に弱いってよく聞く。

 それなら仕方ないか…無理に誘うのは諦めて、新亜が渡してくれた日焼け止めを受け取る。


「…というか、なんで新亜は男物の水着なの?」


 そのついでに、男性物の水着を穿いて、上はピチピチのラッシュガードという新亜の姿に疑問を投げた。

 ちなみに私はフリルのシンプルな白い水着で、知華子は…黒い上着のせいで何を着てるか分からないけど、首の後ろで結ばれた水着の布も黒いから、きっと黒い水着を着てる。


「どんなに女って言っても信じてもらえなかったんだ…だから普通の水着を買えなくてさ」


 分かりやすく落胆して肩を落としながら説明してくれる。

 確かに新亜は鍛えてるおかげか全体的に筋肉質、いわゆる細マッチョみたいな体型をしてるし、その……おっぱいも無い。


「でも似合うよ、かっこいい」

「そう?香夜がそう言ってくれるなら嬉しいな」


 褒め言葉を伝えたら途端に機嫌を良くした新亜が、日光の眩しさに負けないほど眩しい笑顔を見せる。


「ほんとに顔が良いね」

「はは、褒めてもらえて光栄だよ」


 思わず目を細めて言ったら、新亜はどこか照れたように笑う。

 知華子はもう見たくもないのか、視線を向こうへ逸らして反応する事さえしなくなった。


「お礼に、日焼け止め塗るよ」

「あ、背中だけお願いしてもいい?」


 お言葉に甘えて、私は無防備にも背中を見せる。


「……綺麗だね」


 その背中を、新亜が指先でうっすらとなぞる。

 なんだかくすぐったくて背中を反らせたら、嫌がられたと思ったのかすぐにやめてくれた。


「最初はヒンヤリするよ、ごめんね」


 一言添えた後で、どこまでも丁寧な手付きで背中に日焼け止めを塗ってくれる。

 なんかずっと、ちょっとくすぐったくて逃げるように何度か反射的に背中を反らせてしまった。


「…こっちも、塗る?」

「え…」


 耳元で声が聞こえて、振り向くよりも先にするりと大きめな手が水着と胸の膨らみの間に入る。


「っ…ぁ、なにして」

「ふふ、かわいい。僕でもちゃんと感じてくれるんだね」

「やっ、ん」


 いきなり来た敏感なところへの愛撫に、脳にピリついた刺激が送られる。変な声が漏れそうになって、咄嗟に自分の口元を押さえた。

 知華子が近くにいるのに、こんな…


「やめ、て」

「…少しずつでいいから、僕に慣れて」


 気持ちよくなんてなりたくないのに、意識がちゃんとしてる時にそこを触られるのが久しぶりすぎたからか体は素直に反応してしまった。


「はぁ…香夜。かわいすぎるよ」

「あ、やだ…」

「もうこのまま、僕のものにしちゃおうかな」


 後ろから顎を持たれて、振り向かされる。

 透き通った青い瞳と目が合うと、すぐにその瞳は長いまつ毛によって覆い隠されてしまった。

 あ。だめ…キスだけは。

 やんわりと断るため、私が新亜の口元へ手を伸ばした時。


「ん…?」


 近くに何かが落ちる音がした。

 その音につられてキスをやめた新亜は、自分のすぐそばに落ちてきたクルミの実を手に取る。


「…なんでこんな所に、クルミ?」


 それを待ちあげて不思議そうに呟いてたけど、思い当たる犯人は一人しかいなくて、


「私じゃないわよ。というか人の隣で堂々とおっぱじめるのやめなさいよ、さすがに」


 知華子へと疑いの目を向けたものの、不満気に目を細めて返された。

 あ、もう…嫉妬すらしてくれないんだ。と心は少し傷付いた。こんな近くにいて、いつでも止められたはずなのに…それすらしないくらい、私の事なんてもうどうだっていいのかな。

 気分が沈む。


「ん…足跡?」


 そこで不意に、レジャーシートのそばにあった足跡に気が付いた。

 足跡は砂浜からすぐ近くの雑木林へと向かって消えて行っていて、誰かが居た痕跡があった。…でも、私達のそばには誰もいなかった。

 不審に思って雑木林を見上げた私は、その不穏な気配が林じゃなくて…海の中から覗き込んでいた事を、この時は知る由もなかった。

























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