第76話「青春の海」






















「愛乃ちゃんが免許持っててよかったよ」

「当たり前でしょ、大人だもん」

「はは、かわいい。…でもそれ足届いてる?」

「届いてるもん、ばかにしないで!」


 運転席と助手席にいるふたりの会話を眺めながら、両隣のふたりの険悪な空気に堪えきれず身を縮める。


「まったく。いきなり海に行くなんて…何考えてるの?」

「それに関しては僕も同感だね。蛟の能天気さには呆れるものがあるよ」

「あら、気が合うわね。…それにしたって、水着だって無いのにどうするのよ」


 文句タラタラなふたりは車が発進してからもずっとこんな調子で、苦情の言葉が止まない。

 その苦情の声は前の席にも届いてたのか、蛟が振り返って私達の方を見て笑う。…よくこの状況でそんな屈託ない笑顔ができるな、と蛟のメンタルの強さを尊敬した。


「水着は海の家とかに置いてあるよ、きっと。それ買って着ればいいじゃんか」

「…無かったらどうするのよ」

「全裸で泳ぐ」

「ふざけないでよ」

「ふざけないでほしいな」


 仲がいいのか悪いのか、新亜と知華子の声が重なる。


「相変わらず仲いいねぇ」

「そろそろ本当に怒るわよ?」

「く、車の中で能力は使うなよ?危ないからな!愛乃ちゃんに迷惑だろ」

「はぁ…車から降りたら覚えておきなさいよ」

「蛟、君の命も今日で終わりみたいだ。安心してくれ、骨はちゃんと海に流してあげるから」

「シャレにならん…怖いこと言わないでくれよ」

「欄宮さんを怒らせた君が悪いね」

「あら。あなたも怒ってたじゃない。ひとりだけ良い人ぶらないでもらえる?…あ、ごめんなさい。それはいつもの事だったわ、偽善者だものね」

「僕にまで当たるのは勘弁してくれ。それはさすがに小さすぎるよ」

「小さくて結構。あなたと同じ空間にいるってだけで最悪な気分なの。呼吸止めてもらえる?」

「本当に君は……性根が腐ってるな」

「誰が喋っていいなんて言ったかしら」

「今すぐこの車を止めてくれないか?どうやら彼女はここで降りるみたいだ。…僕も降りよう、意味は分かるね?」

「あなたみたいな雑魚には負けないわよ」

「もうすでに負けを認めてるようなものだろ?どれだけ君の能力が強くても、恋愛においては雑魚以下じゃないか」

「…調子に乗らないでもらえる?」

「はは、調子に乗る事もできない小心者の君に言われたくないね。もっと自分に自信を持ったらどうだい?見てるこっちがイライラするから」


 いがみ合いは止まらない。

 不機嫌なふたりに居心地を悪くしてまた小さくなったら、それにすぐ気が付いてくれたのか、新亜が私の手を軽く握った。


「嫌な思いさせたね、ごめん…香夜と海に行けるのは楽しみだよ。嫌なわけじゃないよ」


 いつもいつも、私の些細な感情の機微に気が付いてはこうして気遣いに溢れた言葉でフォローしてくれるのは新亜だ。この優しさがあるから、私は完全に冷たく拒絶しきれない。

 私のために気分を変えてくれたようで、新亜は「海、楽しみだね」と笑いかけてくれた。


「……仲がよろしいことで」


 一方で知華子は、そんな私達を見て静かに嫌味な言い方をして、窓の外へと目を向けていた。

 

「ただでさえ狭苦しくて暑苦しい車内にいるのに、これ以上温度を上げないでほしいわ。鬱陶しい」

「なっ…なんでそんな言い方するの」

「あら、ごめんなさい。お熱で何よりだわ」


 自分から距離を置いてきたくせに…この女は。よほど機嫌が悪いのか私に対しても当たり散らかしてくる知華子の見境の無さに怒りつつも、もう一周回って呆れた。

 そんなこんなで知華子との仲はその険悪さを悪化させたまま、愛乃先生運転の車は進んでいく。

 どのくらい走ったのか、外の景色はだんだんと自然豊かになってきた。


 そして…


「わぁ、海だ」


 目の前に広がった白い砂浜と、どこまでも続く深い青の海に私は自然と目を輝かせた。

 ずっと狭い車内にいたおかげか、開放感も半端ない。


「よっしゃ海だー!さっそく美女捕まえて泳ぐぞ」

「っば、ばか!そんなのだめ!」


 意気揚々と走り出した蛟を止めるために、愛乃先生は咄嗟に足元の砂浜へと手を付けた。

 何してるんだろう?なんて疑問に思う前に、手で触れた砂達が一斉に動き出して蛟の首から下を覆い尽くした事で、疑問はすぐに解消された。

 どうやらノームの愛乃先生の能力は、地面にある土や砂を扱えるものらしい。

 たまたま周りに人が居なかったからよかったけど、見られてたら騒ぎになってた。私達みたいな人外は、その姿をあまり知られてはいけないっていうのに…よっぽど蛟が美女と遊ぶのが嫌だったんだ。

 やっぱり愛乃先生、蛟のこと好きなんじゃ…?と、私はここでも友人と先生という禁断の恋の予感を感じていた。






 

 














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