第75話「気分転換」
『僕を好きになって』
そう新亜に言われたけど…私の気持ちが変わる事は、残念ながら無かった。
当たり前だ、そんなにすぐ好きな人を変えられるほど私は器用じゃない。それに、お願いされたくらいで新亜を好きになれてるなら、今頃こんなに苦労してない。
新亜はあの後、これからはもう私を口説き落とすためなら手段は問わない、的な事を言ってた。…それが本当なら、今後は本気で私を口説いてくるんだろう。正直、そんな事をされても困るだけなんだけどな。
知華子は本当に私の事を諦めてしまったみたいで…夜に話を聞きに行ったら、
「……あいつと付き合った方が良いんじゃない」
投げやりな感じでそう言われた。
なんで…?
「知華子、誤解してるかもしれないけど私は」
「それ以上は言わなくていいわよ」
「ちゃんと聞いて!お願いだから」
「分かったわよ。なに?」
やけに冷たい声が、胸に刺さる。
なんで、そんな態度なの?どうして…そんなに冷たい目で見るの?もしかして、私の事なんてもう…
そう思ったら言い出すのが怖くて、言葉は喉の奥に引っかかった。
「ち…知華子は、私のこと好き?」
「伝えたい事があるんじゃないの?」
「それは……さ、先に答えてほしい。私のこと、今どう思ってる?」
「……」
知華子は何も答えなかった。
返ってきたのは悩ましいため息だけで、私もそれ以上は何も言えなくなってしまった。
嫌われた…?
でも、なんで……私、何かしちゃったのかな?…それとも、新亜と何かあった?
疑問は膨らんでいく。ついこの間まで、あんなに私に気がある素振りを見せてたのに、なんで急に今になって…?
やっぱり、私のこと…嫌いになっちゃったんだ。それ以外に、考えられない。
頭に浮かんだ暗い思考に、どんどん気分が沈んでいく。
知華子の気持ちが分からない。…そんなの、今までだってずっと分からなかったけど、今回は特に、何を考えてるのか理解できなかった。
「どうしたらいいの」
こんな時に私がいつも相談できるのは、そう…
「とりあえず海行かね?」
「は?」
暗いことばっかり考えちゃうから、何か前向きになれないかと思って相談した相手⸺蛟は私の話を聞いて突拍子もない提案をしだした。
「いいか、香夜…恋に悩む夏休み真っ盛りの女子高校生が行き着く先はな、だいたい海って相場が決まってんだよ」
「いや別に決まってないから」
真面目な顔で説明してくる蛟に、心底呆れた目を返す。相談して損した。
「まあまあ。気分転換も兼ねてさ。たまにはパーッと遊ぼうよ!そんで、ついでに知華子と距離縮めちゃえばいいじゃん」
「距離も何も…もうフラレてるようなもんなんだけど」
「大丈夫だって!今はただちょっと拗れてるだけだろ?…だいぶか」
確かに今の関係は拗れに拗れまくってるけど…たかだか海に一緒に遊びに行ったくらいで、この関係が修復されるとも思えない。
でもまぁ…海か。
不覚にも脳裏に浮かんだ真っ青なオーシャンビューに、ついつい私は目を輝かせてしまった。
せっかくの夏休み、こんなクーラーの効いた部屋でウジウジ悩むばかりももったいない。蛟の言うように、今の私達には気分転換が必要だ。
「…でも、知華子達はどうやって連れて行くの?」
「そこは…あたしに任せろ!」
胸にトンと拳を当てて、蛟は得意げな顔をする。
「とりあえず着いてきて」と促されるままに部屋を出て、知華子たちのいるリビングへと向かう。
いったい、どんな風に説得するんだろう?なんて疑問に思っていたら、
「みんなで海、行っくよー!」
そう元気よく叫んだ蛟の姿の方をふたりが向いた頃にはもう、金色の長い髪がふたりの体を拘束していた。…ただの強行突破だった。
「はっ?ちょっとあなた何してるのよ!降ろして」
「いきなり何をするんだ、離せ!」
「よーし、行くぞー。レッツゴー!」
ふたりの怒声なんてまるで聞こえてないみたいに、蛟は片手を上にして器用に髪を使って二人を運びながら歩き出す。
「…でも待って、移動手段は?」
玄関までついてきたはいいけど、今うちに大人は居ない。流石に電車の中でまでふたりを拘束してるわけにもいかないだろうし…なんて私の懸念は、玄関を出てすぐに消えた。
「もう!突然呼び出して…いつまで待たせるのっ」
「ごめんごめん。来てくれてありがと」
家の前に停まる車と、
「愛乃ちゃん」
それに似合わない小さな体をした女性⸺愛乃先生が、そこに立っていたからだ。
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