第11話「ゴリ押しの彼」

























 結論から言えば、犬飼くんとのデートはものすごく…………つまらなかった。

 終始キザなあの感じは一緒に居て疲れるし、話もすぐに「可愛い」とかでいちいち途切れて面白くない。優しいイケメンではあるのかもしれないけど、私にはとことん合わなかった。

 それにその日一日、知華子にメッセージを無視されたことも不満だ。

 という愚痴と苦情を、わざわざ知華子を家に呼び出して言ったら、


「……たかだか一回のデートじゃ分からないわよ」


 ため息まじりの言葉が返ってきた。


「またデート行けってこと?」

「それもアリね」

「私的にはナシ」

「良いじゃない。相手はイケメンで優しくて、あなたにベタ惚れなんでしょ?」

「なんでそんなに応援するわけ」

「……あなたが処女じゃなくなったら、私の負担が減るからよ。むしろ応援しない理由ある?」

「…たしかに」


 今の状況だと知華子の負担が大きいのは分かってる。でもなんか、こう…もっと親身になって聞いてほしい。何も包み隠さないで恋バナなんて出来るの知華子くらいだから。

 全然乗り気じゃない私とは対象的に、知華子はその後も適当な感じで「とりあえず2回目デートすれば?」と提案してきた。

 その対応になんだか腹が立ってきて、半ばヤケクソになってもう一度犬飼くんとのデートの約束をしたのが昨日の話。


 で、今日は早くも二度目のデート当日。


 前日に知華子に言ったら、「気兼ねなく、思う存分に楽しんで」と最後の切り札である黒い紙切れまで奪われてしまった。そこまでしなくても良いのに。

 メッセージを無視したのも、やっぱり邪魔しないように気を遣ってくれたみたいだけど…そもそもそんな気遣いはいらない。むしろ返事が無いとちょっと不安になるからやめてほしい。


「知ってる?今日は満月なんだよ」


 知華子への愚痴ばかり考えてても仕方ない。気を取り直して街を散策しながら、犬飼くんと何気ない会話を始める。


「そうなんだ」

「僕は満月が好きなんだ。…よかったら今日の夜、一緒に見に行かない?」


 これで「うん」と言ったら、夜まで一緒に過ごす事になる。…夜に一緒にいたいってことは、つまりはそういうお誘いなのかもしれない。

 待ち合わせの時間を遅くしてたから今はお昼もだいぶ過ぎた夕方に近い時間で、このままだと夜なんてあっという間に来てしまう。

 無難な感じで断る理由を探していたら、沈黙を了承と捉えたのか犬飼くんは「決定だね」と少し強引な感じで話を進めてきた。やっぱりこの人、あんまり好きじゃないな。

 今日は知華子の助けも望めないし、夜に二人きりになったら終わりだ。特に室内へ行く事は避けたい。か弱い私が、たとえキラキライケメンであっても男にひとりで太刀打ちできる気がしないから。


「ごめん…今日の夜は約束があって」

「約束って?」

「友達と会うの」

「僕も一緒に行きたいな。とにかく夜はそばに居たいんだ」


 前回よりもしつこくなってる。

 夜は無理と断る私と、そこをなんとか!と食らいつく犬飼くんとの攻防戦はその後も続いて、いよいよ日が落ち始めた頃。


「あ…そろそろ月が見え始めるね」


 空を見上げながら、犬飼くんが呟いた。

 夕暮れも過ぎて、紫色に染まり始めた空には、薄い蜃気楼のようだった月が、じわじわとその輪郭を現していた。…まずい。

 

「じゃあ私はそろそろ帰るね」

「だめだよ」


 いつの間にか街を抜けて人通りの少ない閑静な住宅地に足を踏み入れていた私は、ちょうど家が近い事もあって早々に帰ろうとしたんだけど、思いのほか強い力で腕を掴まれてしまった。


「もう少しなんだ」


 何が?……なんて、聞ける雰囲気じゃなさそう。

 もしかして、キザな彼の事だから「月が綺麗ですね」なんて言って文学的な告白を企んでるのかな。だとしたら「私には見えません」ってきっぱり断ろう。それがせめてものマナーってやつだ。


「とりあえず離してほしいな」

「離さないよ」

「ほんとにやめて」

「怒ってる顔も可愛いね」


 とことん話が通じない。掴む力が強すぎて振りほどけないし…知華子も呼べない。どうしよう。

 そんなこんなで困っていたら日はどんどん沈んで、


「ほら見てよ」


 くっきりとした満月が、その姿を現した。

 さっきまで絶対に離さなかった手をあっさりと離した犬飼くんは、私に背を向けて月の方を眺める。


「やっぱり、満月って綺麗だ、なあ」


 まるで月の光を全身に浴びるように両手をいっぱいに広げて、それと同時にゴキゴキと音を立てながら目の前にいるシルエットが形を変えていく。語尾で、大きく声色も変わった。

 何が起こってるのか理解できなくて呆気に取られていたら、犬飼くんだったものがゆっくり振り向く。

 その姿は、狼人間そのものだった。


「ずっと君にこの姿を見せたかったんだ」


 唸るような低い声のせいで、耳にジリジリと嫌な響きが伝わる。

 話し方から推測するに、性格はあんまり変わってない感じ?だとしたら、まだ話し合いが通じる可能性のが高い。


「さぁ!僕の真の姿も含めて愛してくれ」

「やだ」

 

 あ。

 穏便に済ませようと思ったのに、いつもの癖でつい反射的に答えてしまった。

 私の返答に、犬飼くんはグルグルと喉を鳴らして顔は怒り狂ったように目をつり上がらせていた。完全に選択をミスった。


「こうなったら無理矢理にでも…俺のものにしてやる」


 フサフサとした毛並みの拳が振り上がる。

 逃げる隙も無いまま、私が最後に見たのは間近に迫るその拳だった。





















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