第8話「再挑戦」
「さてと」
ひと通り過去話を終えた知華子は、気を取り直してと言ったように立ち上がって、おもむろにカーテンを閉めはじめた。
「なにしてんの」
「……もう忘れたの?」
呆れた声が返ってきてムッとする。けど、本当に忘れてるからおとなしく黙っておいた。
「私が今日ここへ来たのは、あなたの血を吸うためよ」
「あ、そうだった」
「…本当に忘れてたのね。
「一言余計なんだけど。で、なんでカーテン閉めるの」
私の素朴な質問に、流石の知華子も呆れを通り越したのか眉をひそめてじっと見つめてきた。言葉にしなくても「頭、大丈夫?」と心配されている事は伝わった。
「前回はラッキースケベのおかげで難なく吸えたけど、今回はそうはいかないでしょ?」
「
そこでようやく、大切なことを思い出す。むしろなぜ今の今まで忘れてたんだ、私のばか。
知華子に血を吸われるということは、痛みを無くすための…そう、前戯があるということ。つまり私は今から、この女に体を許さなければならないのだ。
初回はまるでムード無しの状況で興奮の“こ”の字も無かったわけだけど…
「安心して。今回はちゃんと勉強してきたわ」
どうやら知華子はある程度の準備をしてきてくれたらしい。
もしかしなくても、この女…けっこう真面目なのかもしれない。サキュバスについても調べてたし、なんだかんだ護衛の方も知華子なりに考えて行動してくれてるみたいだし。
「ほら、さっさとベッドに来て」
態度は相変わらずムカつくけど、やってくれてる事には感謝してる。ここはおとなしく従おう。
カーテンが閉じきった狭い部屋の中で、促されるがままベッドへと移動する。ご丁寧に、知華子は座った状態で腕を広げて待ってくれていた。
後は私がその腕の中へ入ればいい話なんだけど…なんか、こう改めて待たれると急に気恥ずかしい。
「早くして」
「わ、わかってる」
おずおずと、知華子の膝の上へと乗る。私の体が完全に近付く前に、包むように抱き寄せられた。
「…緊張してる?」
「う、うん」
「可愛い」
「はっ?」
予想外の言葉が脳に飛び込んできて、反射的に体を離して知華子の顔を見上げた。
「い、今…なんて?」
「可愛いって言ったわ」
「ふっ……はは!ちょっとやめてよ、笑わせないで」
照れた気持ちなんて微塵も無く、ただただ知華子が似合わない事を言う面白さに対して笑いがこみ上げてくる。知華子は途端に目を細くして睨んできた。
「笑わせてるつもりないんだけど」
「ごめんごめん、まさかあんたに可愛いって言われると思ってなくて」
「…もう言わないわ。続きするわよ」
不貞腐れた顔で呟いて、さっきとは打って変わってやる気ない仕草でブラウスのボタンを外される。
なんだか完全にそういう事をする気持ちじゃなくなっちゃったけど、今ここでそんな事を言ったら怒られそうだから何も言わずされるがまま下着姿になった。
「どこが感じるの」
もうムードを出すという努力は捨て去ったのか、ドストレートな質問が投げかけられた。
「……全身?」
わりと素直に答えたのに「さすがサキュバス」と嫌味を込めて言われてしまった。だけど本当なんだもん、この体質はサキュバスに生まれた女の宿命でもある。
だから触手にモゾモゾされたあの日も、気分が乗っていなくてもそこそこに快感を得てしまったのだ。本当だったら私だって、あんなちょっとモゾられたくらいで感じたくはない。
ただ、何でもすぐに感じちゃうって訳でもなくて、ちゃんとくすぐったい時間はある。それを通り過ぎなければ、快感への道は開かれない。そこら辺は人間の女と同じで、違うのは快感へ繋がるのがちょっと早いだけ。
あまりに萎えてたりするとそれさえ遅くなるから、そうなるともうほとんど人間と変わらない。
「集中して」
「むり♡」
「……いただきまーす」
「わー!待って、ごめん!ごめんなさい」
なんてことを考えて、気分が盛り上がらないから冗談で返したら、怒ったのか前戯を諦めて血を吸おうとしてきた知華子を慌てて止める。
「どうしたら興奮するのよ」
「そんなこと言われても分かんない。私も経験ないんだから」
「じゃあせめて大人しくしてくれない?」
「はいはい」
諦めて、もう全てを委ねることにした。
不機嫌であっても知華子の手付きは優しくて、相変わらずのぎこちない作業感は否めないけど、それでも彼女なりに丁寧に扱おうとしてくれてる事は伝わった。
首の辺りに唇が当てられて、その感触でふと先日のあの感覚を思い出す。
脳はまるで興奮してなかったのに、身体だけが異常に疼いた気持ちの悪いチグハグな感覚が続いていたあの触手事件の時、最後の最後はめちゃくちゃに気持ちよかった。
知華子の牙が皮膚を裂いて、その時にやって来た…とてつもなく大きな快感。
「…香夜」
思い出しただけで気持ちいい。
「吸うわね」
「う、ん…」
火照った私の体の様子を見て、頭の後ろを支えながら知華子は首筋へ牙を当てた。
記憶の中に未だ残る鮮明な感覚と相まって、腰が抜けそうなほどゾクゾクとした何かが全身を瞬く間に駆け抜けていく。
吸われてるはずなのに、血の気が引くような事はなくて、むしろどうしてか満たされる感覚があった。
「っん、は…ぁ」
声が出そうになるのを耐えて、全身で知華子から与えられる心地良さを受け入れる。
「……痛くない?」
少しして血を吸い終わったらしい知華子に、包むように両手で頬を触られた。
「全ッ然…きもちいい」
「そう。その調子なら、今後も大丈夫そうね」
ごちそうさま、と一言添えて私の体に布団をかけてくれる。事後に優しい人間はモテると聞いた事があるけど、確かにこういう時に優しくされると不覚にもキュンとくるものがある。
あの知華子にキュンとするなんて悔しいけど、これは仕方ない。完全にただの錯覚、私はこいつがすきじゃない。
なんて言い聞かせつつも、まだ脳に残る余韻を楽しんでいるうちに、気が付けば私は眠りに落ちていた。
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