第7話「知華子の過去」
知華子に血を吸われてから一週間。
最初の説明された通り本当に魔力を抑える効果は抜群で、久々に静かすぎるほどの平穏な日々を過ごす事が出来ている。
登下校中に痴漢されることも無ければ、校内でしつこく告白される事もない。何にも怯えなくて済む日常…最高。こんな日々がずっと続けばいいのに。
なんて願うけど、残念ながら現実は残酷だ。
「そろそろ一週間経ったわ」
護衛の必要ももう無くなった、ということで一時帰宅していた知華子が再び家へやってきた。
話を聞くと、血を吸っても魔力が抑えられるのはよくて一週間程度らしい。てっきりもっと長い時間効き目があると思ってたから期待はずれだ。
「ん?ってことは…これから一週間に一回、血を吸わせなきゃいけないの?」
「何を当たり前なことを」
軽く鼻で笑われた。ぶん殴ってやりたい。
「あなたがさっさと彼氏でも見つけて、さっさとセックスすれば良いのよ」
知華子の言う事には一理ある。そもそもパートナーを見つけて処女さえ捧げれば、いちいちこんな面倒な事をする必要もないのだ。
だけど不幸にも私はまだ恋というものをした事がない。色んな人に告白されてはきたけど、それはあくまでも私の能力のせい。能力関係なしに私を好いてくれてる訳じゃない。
そうなると乙女心的には、非常に複雑なのである。
「……相手は女でも良いのよ」
ふと、知華子が呟いた。なるほど、その発想はなかった。
「あれ…女同士でも処女って捧げられるの?」
「処女というか…サキュバスは基本的に子宮口から相手の精力を取り込むのよ。そこからお互いの精力を交換するの。だから例え女であっても、子宮口への物理的な接触があれば初めては捧げられるわ。いわゆる処女膜を失う事での処女喪失とかではないから、男女とかあまり関係ないわね」
「さすがサキュバスマスター」
「その異名やめてくれる?私も好きで詳しくなったわけじゃないんだから」
「そもそも、なんで知華子はそんなにサキュバスについて詳しいの?」
「……それ聞いちゃう?」
「うん、聞いちゃう」
諦めたように、知華子は軽くため息を吐き出してから口を開いた。
「そうね、まずはどこから話そうかしら」
遡ること、10年前。
当時、まだ5歳だった私は、吸血鬼としてはまだまだ未熟だった。
それもそのはず。本来、吸血鬼は6歳になるまでは血を吸わず、それ故に魔力もほとんど無く使える能力も限られているから。
だけど、その頃の私は純血の吸血鬼として最強格とも言われていた両親に強い憧れを抱いていて、一刻も早く立派な吸血鬼になりたかった。…気持ちが焦っていたのね。
どうにかして血を吸ってみたいけど、両親が許すはずもない。未熟なうちに血を吸った吸血鬼は、その多くが魔力の暴走によって死んでしまうから、親としては止めるのが当たり前の話よ。
そんなこんなで葛藤だらけの日々を過ごしていたそんなある日、偶然あなたの両親に出会った。
その日は習い事の帰りだったんだけど、習い事がいつもより長引いたせいでもう外は暗くなってたわ。だから急いで家へ向かっていたの。
「き、君!」
いつも通る公園の前を横切った時に、あなたの父親にそう声を掛けられた。
何事かと思って、一瞬誘拐とかも疑ったけど…尋常じゃない焦りようだったから、これは何かあったに違いない。そう思って仕方なく後をついて行ったわ。
そうしたら…あなたの母親がグッタリした様子で倒れていたの。
「す、スマホとか持ってないか?救急車を呼んでほしいんだ」
ちょっと散歩するくらいの外出の予定で、連絡手段が無かったあなたの父親にそうお願いされたわ。
だけど、仮にも私は素養のある吸血鬼。その異常が、いわゆる病気なんかじゃないって事はすぐに分かった。見るからに、母親の症状は魔力の暴走だったのよ。
魔力の暴走は、種類にもよるけど…ほとんどは時間経過と共に本人の体まで蝕んでいく恐ろしいものよ。だから、一刻も早くなんとかしなきゃいけなかった。
幸か不幸か、吸血鬼ならその問題をすぐに解決する事ができた。血を吸えば、一時的にでも魔力が落ち着く事は幼いながらに知っていた。
だから、血を吸ってしまったの。
結果的にあなたの母親は助かって、しばらくは私も特に何の変化もなく過ごしていた。それもあって、問題ないと勝手に判断して親には血を吸ったことは黙っていたわ。怒られるのも怖かったしね。
けど、6歳になった時。
純血で位の高い吸血鬼は初めての血を飲む時、儀式のような形で行うの。父と母に見守られながら、横たわった人間の首元へと噛み付いて…
そこで、私は過去にサキュバスの血を吸ってしまった事を後悔した。
儀式は失敗に終わったわ。私の体が人間の血に対して拒絶反応を起こして、気を失ってしまったから。
未熟なうちに吸ったサキュバスの血のおかげなのか、幸い死ぬことはなかったけど…私は一生、人間の血が吸えなくなったの。正確には、サキュバスの血しか吸えなくなった。
…必然的に、これから先の人生で伴侶にする相手も吸血鬼かサキュバスに限られてしまったわ。吸血鬼は基本的に、同族か極上の血を有した相手を人生のパートナーに選ぶから。
父と母はそんな私を責めなかった。今でもこの事は感謝してる。おかげで反抗なんか出来なくなったけど。
その後はあなたの両親に定期的に血を分けて貰いながら生活してたわ。今は香夜…あなたがいるからお陰さまで血に困る事も無くなった。
そんなこんなで幼いながらに覚悟を決めた私は、今後もしかしたら生涯を共にする事になるかもしれないサキュバスについて、来る日も来る日も調べ尽くした…
「ってこと。それで、今こんなに詳しいってわけなの」
平然と、何でもない顔で知華子は話し終えた。
「つまりそれ…私の親のせいってこと?」
「そうなるわね」
想像以上に重い話で絶句する。両親のせいで、まさかそんな事になってたなんて。…そりゃ、クソ女どもと呼ぶくらいに恨むのも理解できた。
「別に恨んでないわよ」
「……心読んだ?」
「読まなくても分かるわ、あなたの単純な思考回路なんて」
小馬鹿にされてムカつきはするけど、本当にその通りなのと自分の両親のせいで人生のハードルを上げさせてしまった後ろめたさも重なって、それ以上は何も言えなかった。
「ただひとつ、腹が立つことはあるわ」
「なに?」
本当に腹立たしいようで、知華子は僅かに殺気だった雰囲気で口を開いた。
「魔力の暴走の原因が、青姦だった事よ」
「は?」
どういう意味?と聞く前に、さらに話を続けてくれた。
「あのクソども、夕方の時間からあの公園でサカりにサカりまくってたみたいなの。…その結果が、いきすぎた精力の交換による魔力の暴走」
「それは…なんか、その」
その話を聞いて、思わず顔が引きつる。
「ごめん」
もう、謝る事しかできなかった。
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