第5話「問題発生」
ここ人間界には、様々な悪魔や人外の存在が紛れている。
基本的に人外達は、その正体を故意に明かしてはいけないっていう暗黙のルールがあって、だから多くの人間は悪魔や人外の類がそこら中に居ることを知らない。
高校生活においてもそうで、私がサキュバスであるという事は当たり前のように内緒にしている。
知華子も、それは同じようだった。
「学校にいる間は、なるべく話しかけないで。用がある時はスマホで。分かった?」
「はいはい」
「…一応これ、渡しておくわ」
昨日の今日で急に一緒に居るのは不自然だからと、知華子は私と距離を置きたがった。どうして急に仲良くなったのか周りの人達に聞かれても、事情が事情だから話せない事も理由の一つだった。
それは私も同感で、特に文句もなく了承して、渡された黒い紙切れを雑に胸ポケットに押し込んだ。
知華子曰く、これは知華子の血が染み込んでいる…いわゆる簡易的な分身のようなもので、私に何かあったらすぐ反応してくれるらしい。
そんなこんなで昇降口で別れて、数時間。
「
何事もなく平和に終わったかと思われたその日の放課後、唐突に数学教師にそんな事を言われた。
「えー…居残りってなんですか。私何もしてないんですけど」
「何もしてないからだよ。今日までに提出予定の課題、出してないのお前だけだぞ」
「うわ、だる…」
そんなのあったっけ…?と思いながら、教科書やノートを鞄に詰める。友達はみんな部活やバイトで、先にもう帰ってしまった。
用が無くなり教室を出ていった数学教師の後に続いて、少し時間を置いてから私も教室を出る。
既に大体の生徒は帰ったのか、静かな廊下に立ってふと気が付いた。そういえば今日は、いつもの面倒な告白が一回も無かった。いつもは少なくても二回は呼び出されて告白されるのに。
なんとなく、胸ポケットに入れていた黒い紙を取り出す。これのおかげで、今の私は何かしらの効果によって守られてるのかもしれない。
だとしたら知華子…あいつムカつくけど護衛としては優秀なのかも。なんだかんだ守ってくれてるっぽいし。
紙切れを眺めながら廊下を進む。先生が待つ準備室に近付くにつれ、どうしてか紙がチリチリと燃えるように動いて、端からじわじわ紅色へと変わっていく。
「なんだろう、これ…?」
異変に気が付いたのに、大した危機感もないまま。
「失礼しまーす」
紅黒い紙切れを手にした状態で、私は準備室の扉を開けた。
「遅いじゃないか」
「え?すぐに来ましたけ…ど」
入ってすぐ、私は驚いて言葉を失う。
驚いたのは「遅い」と言われた言葉じゃなくて、
「この日を待っていたよ」
床にびっしりと書かれた魔法陣?のようなものの中央に、先生が立っている姿が見えたからだ。
流石の私でも分かる、この状況は…まずい気がする。
「え、な…なにして…?」
「さぁ、出てこい」
逃げるよりも先に、先生が嬉々とした声で叫ぶ。それと同時に、魔法陣が物凄い光を放った。
「っきゃ…!」
そのすぐ後、何かが私の足首に絡みつく。引っ張られた勢いで尻もちをついて、咄嗟に逃げようとドアの方向へと体を向けた。
「逃がさないぞ」
這いずってでも移動しようとしたら、そのまま足に絡みついた何かによってズルズルと準備室の中央へと引きずられていく。いつの間にか移動していた先生は、私の目の前で勢いよくドアを閉めた。
人間に襲われかける事は今まで何度かあったけど、こんな事は初めてだ。明らかに何かがおかしい、先生もしかして人間じゃない…?
思考がグルグルと回る。だけど、それもすぐに止まった。
「ひっ…な、なに?」
ぬるりとした何かが、内ももの辺りに這って上がってきたからだ。
自分の下半身に目をやっても、何も居ない。何も無いのに、足に纏わりついた何かが皮膚を締め付けて、肌に残るその跡だけは目に見えていた。
細長いそれは、気色の悪いぬめり気を肌に伝えながらスカートの中へと入ってくる。
「なに…なんなの、これ。キモいんだけど!」
「抵抗しても無駄だよ」
見えない何かを蹴り飛ばそうと足を動かしていたら、コツコツとした革靴の音が近付いて、私のすぐそばまで先生がやってきた。
「その子はね、俺の大事な大事なペットなんだ」
「はっ…?」
先生の言う“その子”とは、おそらくこの見えない何かを指してるんだろう。
「触手ってやつさ。…とある魔族の足をお借りしてね、召喚したんだよ」
ご丁寧なことに、気分が良いのか先生は詳細を嬉しそうな顔で説明してくれた。魔族…召喚…ってことは、先生自体は普通の人間…?
「なんでこんなこと…」
「お前が悪いんだ」
いよいよ上半身まで縛り付けられて動けなくなった私の顎を、先生が雑に掴む。
「生徒のくせに…生意気に教師のこの俺を誘うから」
そうじゃないかとは思ってたけど、やっぱりこれも私のサキュバスとしての力のせいらしい。
誘った覚えは微塵もない、だけどこれは私のせいだ。自分のせいだと分かると、途端に体の力が抜けていく。いつもいつも、どうして私は人間を狂わせてしまうんだろう。
「まずは俺のペットが楽しませてやる。痛い思いはさせないさ。…お前はかわいいかわいい俺の生徒だからな」
いつの間にか顔の方まで来ていた触手が、舐めるように皮膚の上を這う。
手にずっと握っている紙きれは色を完全な紅に変えただけで他に反応は無くて、知華子が来る気配もない。…あいつ護衛の仕事放棄したな。なんて、知華子を責めても仕方ない。
スカートの中にいる触手が蠢いて気持ち悪い。だけど、無駄に人を魅了してしまう以外はただの女子高生で無力な私に成す術は無かった。
じわじわと上がってくる、刺激による快感に耐える。無理やりに感じさせられるのはこんなにも苦痛なんだと、唇を噛み締めながら悔しく思った。
「なんだ?気持ちいいのか?顔が赤くなってるぞ」
「っ…クソ教師」
この人を狂わせてしまったのは自分だと、分かってはいるけど腹は立つ。不覚にも触手がちょっと気持いいのも、それはそれで腹立たしい。
てか、知華子のやつ。あいつ何してんのよ。何かあったらすぐ反応してくれるんじゃないの。
「なんだその反抗的な顔は。喜べよ」
「ん、ぐ…っ」
知華子の事を思い出したらさらに腹が立ってきて、私のその顔が気に食わなかったのか、乱暴に頬を掴まれて強引に顔を上げさせられた。
「かわいいなぁ…お前は」
恍惚とした表情で言われる。ちっとも嬉しくない。
「っ…ん、ぅ…」
今すぐ抵抗して逃げ出したいけど、触手がウネウネと動いては色んなところを刺激してくる。そのせいで、そろそろ思考も回らなくなってきた。
「も、う…だめ」
「おいおい早いな。もう限界か?」
「はや…く、来てよ…っ」
握り締めた手の中で、燃えるように熱い感覚が広がった。
「バカ知華子!」
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