第4話「前途多難」
少し冷えた指先の感触が、頬を覆うように撫でた。
寝惚けた半開きの目にカーテンの隙間から覗く陽の光が入ってきて、眩しくて目を細めた。
ぼやけた視界の中に、逆光で顔が見えない人の影が映って、サラサラで艶のある黒髪が垂れ下がってくる。
「…香夜」
僅かに掠れた女の声が耳元で響いて、頬に置かれていた手はゆっくりと首筋を撫でて鎖骨へと降りていった。
「まだ起きないで」
くすぐったさに身をよじったら、静かな声色でお願いされる。意識はまだはっきりしてなくて、このまま二度寝してもいいかも…なんてウトウトしながら考えた。
心地の良い眠たさに身を預けようとして、すぐに意識は首筋へと向かう。柔らかな何かが当たったせいだ。
「ん……な、に…?」
顔に掛かった髪から、ふんわりと柔らかな香りがする。
その香りに落ち着くよりも先に、
「いっ………!」
強烈な痛みが、首筋から全身に走り抜けた。
「っい、たい!」
皮膚を裂こうとしてくる牙の感覚から逃げるために目の前にあった何かを思い切り押したら、小さな舌打ちが聞こえてきた。
「あとちょっとだったのに」
悪びれもせず呟いた知華子のお腹を思い切り蹴り付けて、その勢いをそのままに起き上がる。
「人が寝てる時に何してんの!」
「いったいわね!蹴ることないでしょ」
「そっちが先にやったんじゃん!」
「血を吸わないといけないんだから仕方ないでしょ!」
「だからって寝込み襲うなんて最低!」
「最低で結構!私はさっさとこんな依頼終わらせて家に帰りたいのよ」
「今すぐ帰れば?この変態吸血鬼!」
「なっ…調子乗るんじゃないわよ、万年発情期製造サキュバス女」
「うるさい、長い、ばか!」
近くにあった枕を投げたら、それが見事に知華子の顔に命中した。
「っこんの…」
その後は、想像通り朝からふたりして取っ組み合いの喧嘩に発展して、あまりの騒がしさに部屋へ様子を見に来た普段は放任主義な母によって止められた。
血を吸えないうちは護衛のため私の家に寝泊まりする事になった知華子は、リビングで不貞腐れた顔で私と一緒にご飯を食べて、さっさと着替えてひとり家を出てしまった。
護衛の話はどこにいったの?とさらなる不満を溜め込んだまま私も着替えて、不機嫌なまま家を出る。
「遅い」
忘れたわけじゃなかったらしい、不機嫌を隠す様子もなく、それでも待ってくれていた知華子が私を睨むように見下ろした。
「さっさと行くわよ」
「別にあんたと登校なんてしたくないんだけど」
「ふぅん…私は良いのよ。あなたがそこら辺の男に○○○されたって」
「……最っ低。きらい」
「奇遇ね、私も大っ嫌い」
語尾にハートマークでも付いてそうなほどにっこり笑顔で私への嫌悪感を露わにした知華子は、言葉とは裏腹に歩幅を合わせてくれているみたいだった。護衛としての仕事はしっかりやってくれるらしい。
初日からこんな感じで、果たしてほんとに大丈夫なのかな。
大きな不安を残したまま、こうして私と知華子の共同生活が始まりを告げたのだった。
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