第2話「サキュバス」
























 私はいわゆる、サキュバスである。

 サキュバスの中でも下級に位置する両親は、過酷な魔界から逃げ出して人間界へと降り立ち、安全な場所で来る日も来る日も子作りに明け暮れた。

 そうして生まれ、人間界でぬくぬくと育てられたのが、何を隠そう私こと那院香夜だいんかやだ。

 この世界のサキュバスは基本的に、初めての性交渉を終えるまでは魔力を持たない。つまり、まだ処女を捨てていない私は実質ほぼ人間で、サキュバスの要素はほとんどゼロ。

 の、はずだった。

 とある異変が始まったのは、15歳になってから。

 出会う人、出会う人…どうしてか私に一目惚れ。ストーカー被害に遭う回数は数知れず。男女問わず、道端で襲われかけた事も、何度もある。

 両親も私の異変に気が付いて、色々と調べてもらったところ…どうやら私は貴重な事に、処女でも魔力を持ててしまう上級サキュバスである事が判明した。下級悪魔の両親から…なぜ?という疑問は、またの機会に話そう。

 とにかく、私は生きているだけで人々を魅了してしまう。そんな厄介な特性を持って生まれてきてしまったのだ。

 魔力の暴走が始まったのがちょうど15歳。いわば突然変異のような形で、それまでは上級とはいえ他のサキュバスとなんら変わらない体質だった。

 何かしら出来る対策を練ろうとしたものの、不幸にも私はまだ未熟で、自らの能力を制御する事が出来ない。

 制御するために必要なのは、心結ばれたパートナーをひとり選んで、その相手に貞操を捧げること。それによってお互いの精力の交換をおこなって…早い話、恋人を作ってセックスをする。

 そうすれば魔力を自在に操れて、人間界での生活も支障なく過ごせるようになる。

 とはいえ、好きな人も居なければ恋愛にさして興味もなかった私は、さっそく恋人作りの前段階で躓いてしまった。

 どうしたもんか…と悩んでいた時、


「香夜」


 あの女⸺知華子と出会った。


「迎えに来たわよ」

「む、迎え…?」

「はぁ…何も聞いてないの?」


 呆れたように返されたけど、本当に何も知らない。


「…あなたのご両親に頼まれたの。歩く変態製造機みたいなその能力、私なら緩和できるわ」


 何も知らない私を察してか、気だるげに説明してくれた。それでも、いまいち状況を理解できない。そもそもこの美人は誰だろう。


「まったく。あのクソ女ども…事前に伝えておきなさいよ」


 綺麗な唇から発せられたとは思えないほど吐き捨てるように呟く。クソ女どもはおそらく、私の両親の事だろう。

 両親の知り合い…ということは、この人もサキュバス?そう思ったけど、この後すぐに違う事が分かる。


「私の名前は知華子ちかこ。吸血鬼よ」


 吸血鬼を名乗る女⸺知華子によると、血を吸うことで一時的に魔力が抑えられて、それにより現状困っている異常事態への対処が可能らしい。

 知華子にとってもこれは良い話で、処女のサキュバス、それも魔力を持った上級の血ともなれば、吸血鬼からしたら上等な高級ワインと同程度…いやそんなの比べ物にならないくらいの価値だとか。つまりとても美味しく頂けるそう。

 私は血を吸ってもらって常時発動してしまう能力の緩和に繋がり、知華子は血を美味しく吸えるのに加えて自身の魔力増大にも役立つ。まさに一石二鳥。

 これを断る理由がある訳もなく、おとなしく知華子について行ったのが数時間前。


 そして今。


「痛い…ってば!」


 容赦なく首筋に噛み付いてきた知華子の肩を強く押す。


「困ったわね、そんなに痛がるのは想定外だわ」


 頬に手を当てて眉を垂らし、知華子はため息をついた。そんな反応をされても、やっぱり痛いものは痛い。

 まるで心臓に直接刃物を突き立てられたような、全身の毛が逆立つ…そんな痛み。サキュバスとはいえただのJKである私に耐えられるはずもない。

 初めは首だから痛いのかと思って、他の部位も色々と試したけど…結果は全部同じくらい痛かった。


「血を吸われることに対して、防衛本能が働いてるのかもしれないわね」

「えー…じゃあずっと痛いってこと?」

「一応、少しでも痛みを紛らわせる方法も…あるにはあるわ」

「あるんなら最初からしてよ」

「……私は良いけど、あなたは嫌がると思って」 

「なにそれ。どんな方法?」


 呑気に聞いた私に対して、知華子は僅かに言い淀んだ。


「前戯よ」

「は?」


 アホみたいな声を出した私の反応が予想できていたのか、説明するのも面倒といった感じで、それでも知華子は口を開く。


「快感を得ている間に血を吸うの」

「それ…あんたがやらしい事したいだけなんじゃ…?」


 警戒して、自分の肩を守るように抱く。

 見当違いな事を言ってしまったのか、不機嫌な様子でギロリと睨まれて、それ以上は余計な事を言わないように口をつぐんだ。


「サキュバスの特性なのよ。性的興奮を感じてる間は、刺激が全て快感へ変わるの。それが例え、痛みだったとしてもね」

「へぇ…そうなんだ」

「どうしてサキュバスのあなたが知らないのよ」

「そんなこと言われたって…私ほとんど人間として育てられたようなもんだし」

「ほんとにあのクソ女どもは…まぁ良いわ。あなたさえ了承してくれるなら、その方法で血を吸わせてもらうけど、どうする?」


 どうするも何も、血を吸ってもらわないと困るのは私なわけで…痛みなく出来るなら、それが一番いい。

 最後まで致さないのであれば、特に支障はない…はず。幸いにもこの知華子という女は私に対して乱暴するようなタイプじゃなさそう、むしろ優しくしてくれそうだし、それならこれと言った問題も無いわけで。


「お願いします」


 そんなこんなで、私は今日初めて会う女と、軽く交わる事になった。

 

 











 








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