再会

「ストレスと寝不足ですね。安静にしてれば明日にでも退院できると思います」

「はぁ」


 病院のベッドの横で、勝也君は友里香ちゃんの寝顔をみながら言った。


 突然倒れた友里香ちゃんは、すぐさま救急車で病院に運ばれた。私もそのまま同乗して彼女とともに病院に向かったが、受け入れ先の病院が判明したときは思わず声をあげてしまった。


 何を隠そう、この「西岸病院」は勝也君が勤め先。しかも、何の因果か彼女の担当医はまさかの勝也君ご本人となった。


 ちなみに友里香ちゃんは病院についてからずっと気を失っており、勝也君が自分の看病をしていることに気づいていない。間の悪い子である。


 相変わらず爽やかイケメンではあるのだが、勝也君の表情には成熟した大人が持つ頼もしさが見え隠れしていた。医者として数々の修羅場を潜り抜けた結果だろう。その一部始終は概ね友里香ちゃんのネトスト越しに拝見している。


「まあ、今日は泊っていったほうがいいでしょうね。親御さんへの連絡は……」

「あ、あの」

「なんですか?」

「勝也君、ですよね。西鳳高校の」

「はいそうですけど」

「私、西桜の吉野です。吉野よしこです」

「え! ホントに? 同じ中学だった?」


 意外な再開に、勝也君は表情を崩した。

 屈託なく笑うと、学生時代の面影がある。


「憶えててくれたんだね」

「もちろん! ってことは患者さんは、あの友里香ちゃんか! うわ、懐かしいなぁ」

「友里香ちゃんのこと知ってたんだ」

「知らない人いないよ。美人で有名だったんだから」

「それ、本人には言っちゃダメだよ」


 勝也君に認知されていた上に美人だと思われていたなんて知ったら、友里香ちゃんは沈静化していた病が再発しかねない。


 友里香ちゃんが近づくのを諦めた瞬間、勝也君の方から寄ってくるなんて。運命め。天邪鬼にもほどがあるぞ。


 まあ、でも。結婚する前に一度話す機会ができて良かった。

 これで彼女の十数年に及ぶ片思いも少しは浮かばれるだろう。


「彼女、勝也君とずっと会いたがってたからさ。起きたらちょっと話してあげてよ」

「ああ……俺もそうしたいんだけど」


 勝也君はばつの悪そうな顔をして、ちらっと時計を見た。

 まさか……。


「俺、この後すぐに出発しないといけないんだよね。学会があってさ」

「えっ……」


 運命よ。

 いくらなんでもそれは残酷すぎる。


「じゃあごめん吉野さん。今度、中学の同窓会とかで会おうね」


 足早にその場を立ち去ろうとする勝也君。

 どうする、私はどうすればいい?


「……待って! 勝也君!」

「なに?」


 考えがまとまらないまま、呼び止めてしまった。

 そして、考えがまとまらないまま、また口が動き始める


「そ、その学会って、どうしても出なきゃダメ?」


 ああ、何言ってんだ私。

 でも、こうなったらしかたがない。出たとこ勝負だ。


「え。いやそりゃ出ないとまずいよ」

「実は、友里香ちゃんはね。あなたのこと好きだったの」

「え、そうなの? 嬉しいけど、学生時代の話今されても」

「ううん。学生時代じゃない。本当につい最近まで好きだったの」

「俺、中学卒業以来初めて会うよ? 学生時代もほとんど会話なかったし」

「勝也君はそうかもしれないけど、彼女は違う。ずっとあなたを想い続けていたの」


 怪訝そうな顔をする勝也君に向かって、私は友里香ちゃんの今までの努力(≒悪行)の数々を勢いに任せてぶちまけた。


「友里香ちゃんはね、勝也君と同じ学校に行きたくて受験頑張ったし、部活でいいとこみせたくてテニス始めて強豪校でレギュラーになったし、同じ大学行きたくて偏差値20くらい上げたんだよ」

「それ今の状況と関係ないよね?」

「それだけじゃない。あなたの好きなカクテルを原料から作れるように練習したし、カラオケであなたの十八番に完璧な合の手を入れられるし、彼女遍歴を寿限無みたいに暗唱できるし、あなたの愛車のナンバーを四則演算で10にする方法を10通り以上言えるし、あなたの実家と現住所間の定期券持ってるし……」

「あれ、なんかおかしくない?」


 なんか、口に出してたら思い出が走馬灯のように流れ始めた。

 色々やったなぁ。私達。


「それくらいあなたのこと好きなの。だから、今日だけ、今日だけでいい」


 運命よ。

 良いことも悪いこともあったけど。

 あなたのために、こんなに沢山頑張ってきたんだ。


「友里香ちゃんと一緒にいてあげて!」


 一回くらい報われたっていいだろ。

 彼女も。ついでに私も。


「そんなこと言われても、流石に学会すっぽかすわけには……っと」


 勝也君はポケットから携帯電話をとりだした。どうやら偉い人からの着信らしく、急に丁寧な口調になった。


「え、ああ。そうですか。それはそれは。いえいえ、とんでもございません。ご自愛くださいませ……」


 電話を切ると、勝也君はポリポリと頭を掻きながら言った。


「なんか、教授が性質の悪い風邪ひいたみたいで……」

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