高校時代
「はぁ……かっこいい……」
こちら、高校生になった友里香ちゃんである。ただいま私の背中越しに、意中の彼に熱烈な視線を送っている。
そんな彼女の視線の先にいるのはもちろん勝也君だ。テニスウェアに身をつつみ粛々とアップをする姿は文句のつけようのないイケメンである。中学時代のあどけなさが少し抜け、凛々しく精悍な立ち振る舞いは、グラウンドの女子たちの視線を釘付けにしている。
「見惚れてないでアップするよ」
「うう……あともうちょっと……」
「いいとこ、見せるんでしょ?」
「……う、うん。そうだね。今日のために頑張ってきたんだから!」
我らが西桜高校と、勝也君のいる西鳳高校は、毎年交流試合を行っていた。
通称、「西高戦」である。
年に一回行われるこの試合は、私達が入学するはるか前から行われている伝統あるものである……と、新歓のときに説明された。
「これだ……西高戦で私は勝也君と運命的な再開を果たす!」
努力の甲斐虚しく、勝也君と別の高校に進学した友里香ちゃんは、入学後すぐにこの「西高戦」に次なる運命を託していた。
「西高戦で頑張る姿を見せて、勝也君に振り向いてもらうの! 感動した勝也君は、かつて同じ教室にいた私のことを思い出し、三年間越しに運命は私達を結び付けて……えへ、えへへへ……」
「友里香ちゃん、テニスやったことないよね? ここインターハイ出るような強豪だけど、大丈夫?」
「関係ない。運命的な出会いのためなら、私は努力を惜しまない!」
運命とは? と、素朴な正論が喉元まで出かかったが、せっかくやる気を出しているのに水を差すのも無粋かと思い、どうにか飲み込んだ。
「頑張ろうね! よしこちゃん!」
「私も?」
「やってたでしょ? テニス」
「私、強豪についていけるレベルじゃないんだけど」
「初心者の私よりマシだよ! 色々教えてよ!」
「えぇー」
こうして私も半ば巻き込まれるような形でテニス部に入部した。
それから三年間、友里香ちゃんはガムシャラに頑張った。毎日誰よりも遅くまで練習をし、誰よりも熱心にボールを追った。
結果、テニス未経験であるにもかかわらず、友里香ちゃんはめきめきと実力を伸ばし、二年の後半に強豪校のレギュラーに。高三の今となっては、すっかり部内の中心選手となっていた。
そして、今日は待ちに待った西鳳との交流試合。三年生の私達にとっては最後の「西高戦」の日である。
「相手のデータは頭に入ってる?」
「もちろん。大沢玲子ちゃん。攻撃的なショットを打ち続ける、ストローク中心のプレースタイル」
「うん」
「前半の攻撃にのまれると厄介だけど、後半は体力切れしやすい。粘り強く返していくことが大切」
「うんうん」
「身長165cm、体重48キロ、推定でDカップ」
「うん?」
「しし座のA型。MBTIはISFP。趣味は映画鑑賞、おしゃれなカフェに行くこと。最近の悩みはテニスのせいで二の腕が太くなったこと……」
「友里香ちゃん?」
「そして、そして……」
次の瞬間、友里香ちゃんは般若のような恐ろしい表情になった。
「勝也君の……彼女……!」
それはもう、なまはげだって泣いて逃げ出す、恐ろしい形相だった。
「どうしてそんなの知ってるの?」
「ネトストに決まってるじゃない!」
「決まってるんだ」
「あの女、勝也君のストーリーにワラワラ出てくるの。勝也君との楽しそうな写真これ見よがしに見せつけてきて……絶対に許さない」
友里香ちゃんが見にいってるのでは? と思ったけど言わなかった。
流石に私も命は惜しい。
「それじゃあ、行ってくる」
「うん。頑張れ」
試合はすぐに終わった。
「ふんっ!」
「ひっ」
友里香ちゃんは、般若の顔のまま、男子でも涙目になるような剛速球を連発し、相手に一点も取らせることなく勝利した。
最後の方はもう、相手も戦意喪失し、震えながら彼女のサーブを見つめているだけだった。お気の毒に。
「ね、ね、見てた? 私の試合!」
「うん。お疲れ」
試合を終えて私に駆け寄ってくる彼女の顔は、憑き物が落ちたみたいに晴れやかだった。
「これだけ頑張ったら、勝也君も振り向いてくれるよね!」
「むしろ目をそむけたくなるような試合だったけどね」
「この後なんて話しかければいいんだろう!『久しぶり』ってナチュラルにいくか、それとも『運命みたいだね』って強気にいっちゃっても……」
全く聞く耳を持たない。既に妄想の世界にトリップしてしまっているらしい。
確かに彼女は三年間、このときのために頑張ってきたのだ。多少浮かれてしまうのは仕方がないかもしれない。
しかし、現実から目を逸らすのはよくない。
「友里香ちゃん。あれ見て」
私が指さした先には、先ほどの対戦相手、大沢さんがいた。
そして、その隣には……。
「うそ……でしょ……」
勝也君が立っていた。しかも、彼女の頭をポンポンと撫でていた。ひどい負け方をした彼女を優しく慰める姿は、二人の関係性が特別であることを明らかにしていた。
友里香ちゃんは音もなく膝から崩れ落ちた。
「……よしこちゃん。私、勝ったんだよね?」
「うん」
「なのに、何? この敗北感は」
「さあ。本人に聞いてみれば?」
テニスの強さと勝也君の好感度に相関関係はない。勝也君の彼女を試合で完封してもなんの意味もない。とんだラブゲーム違いである。
「じゃあ友里香ちゃん。私、次試合だから行くね」
「よしこちゃん! お願い!私の仇を討って!」
「この場合、どうやったら討ったことになるんだろうね」
涙目で縋ろうとする彼女を振り払い、私はコートへと向かった。背後からは、おいおいとすすり泣く彼女の声が聞こえてきた。
やはり、運命はそうそう甘くないらしい。
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