第18話 舞
◆SIDE:永森舞
「――というわけで、彼氏ができました」
「えええええええ!?」
合コンの翌朝。珍しく朝帰りしたサクラから衝撃の告白を受けて、私は思わず大声を上げてしまった。
――なんと、合コン帰りに元カレを奪った後輩の彼氏を会社の前で待ち伏せ、強引に関係を迫ったのだという。しかも、結局その彼は人違いで、なんだかんだで付き合うことになったというのだから、驚きだ。
いつのまにかリビングに現れ、一緒にサクラの話を聞いていた美鈴が、感心したようにパチパチと拍手する。
「勘違い逆ナンからの即合体、からの彼氏って! すげー行動力じゃないですか、サクラさん」
「……自分でも、びっくりしてる。まだ現実じゃないみたい」
サクラの頬は真っ赤に染まっていて、指先はわずかに震えている。
それに気づいた冴子さんが、ふっと微笑んでサクラの肩を抱きしめた。
「どんな過程でも、サクラにまた好きな人ができて――しかもうまくいったみたいで、よかったよ」
桃花も、「そうそう!」と嬉しそうに何度もうなずく。
「しかも、私のお節介が少しは役に立ったってことね!?」
「そうだよ、桃花グッジョブ」
「恋のキューピットってことよね!?」
「そこまでじゃないでしょ」
冴子さんと桃花がはしゃぐ姿を、サクラはまだ赤く紅潮した頬を両手で挟みながら、嬉しそうに見つめている。
「――サクラ、おめでとう」
私が声をかけると、サクラは「ありがとう」と恥ずかしそうに微笑んだ。
私も、サクラに彼氏ができたことはうれしい。
サクラがめちゃくちゃ良い子で、貞操観念だって人一倍しっかりしていることは知っている。――だけど、どこかでモヤモヤしてしまう。
――大丈夫? その男に、遊ばれてない? というか、そんなカルそうな出会いで……恥ずかしくない?
「サクラさんて、おとなしそうな顔して意外とヤリ手なんですねぇ」
いつの間にか隣に立っていた美鈴が、私にニヤリと笑いかけてくる。なんだか見透かされた気がして、私はちょっと口をとがらせた。
「そういう言い方、やめてよね。サクラは日ごろから善行積んでるから、こういうところで幸運がめぐってくるんだよ」
「そういうモンなのかなぁ」
美鈴はおかしそうに笑い、大きく伸びをする。
「いやー、でも体から始まる関係っていうのもアリですねぇ」
「――体からの関係なんて、私は、絶対ナシ!」
美鈴の一言に、私は思わず強い口調で返していた。――そう、私は、体から始まる関係なんて信じない。
男に遊ばれたくない。いつでも、こちらが主導権を握っていたい。
でも、頼りない男はいや。
頭が良い男がいい。でもひょろひょろした男はいや。
話がおもしろい男がいい。でもチャラい男はいや。
稼げる男がいい。でも忙しすぎる男はいや。
いい男と付き合いたい。強引に迫られたい。でも、強引すぎる男は嫌い。
――私の恋は、いつもうまくいかない。
=====
――なーにが、「体からの関係はナシ!」よ。
思わず自嘲しながら、私はホテルの天井を見上げていた。都心の一等地にあるシティホテルの天井には、おしゃれなガラス細工の照明がぶら下がっている。
ベッドの隣でイビキ交じりの寝息を立てているのは、先日の合コンで知り合った弁護士の持田さん。
合コンのあとメッセージをやりとりしているうちに、昨夜二人でごはんに行くことになり――まぁいろいろあって、今、こうしてここにいるというわけだ。
彼から食事に誘われて、うれしかった。ミシュランレベルではないものの、おしゃれでソコソコの価格帯のお店を予約してくれていた。お互いの学生時代の話や仕事の話も面白かったし、盛り上がったと思う。
――もしかして、この人が彼氏になるのかも。
そんな淡い期待を抱いてしまったことは否定しない。……そして、おそらく私のそんな甘い期待の匂いを嗅ぎつけたであろう持田さんに、付け入るスキを与えてしまった、ということも。
すすめられるままワインを飲んでいるうちに、いつのまにか終電を逃していた。
『今夜もうちょっと一緒にいようよ』
彼の言葉に含まれたニュアンスを、本当はわかっていたのに。
気づかないふりをして、このまま帰るのがなんだか名残惜しくなってしまって、何かを期待しながら結局ホテルに行ってしまった。
――こうなってしまったら、恋人になんてなれない。わかってる。
というか、そもそもホテルに誘われた時点で“本命”という意味ではもう脈ナシなのだから、やってもやらなくてもきっと結果は同じだろう。
あー、これでまた、貴重な手駒を失ってしまった。私はスマホを手に取り、ちらりと持田さんの寝顔に視線を送ると、ため息をつきながら彼の連絡先をブロックする。
せっかくの弁護士合コンだったのに、これで成果ゼロ。持田さん、結構カッコいいし、背も高くてデブじゃないしハゲでもないし、実家も東京だし、めったにない掘り出し物だったのになぁ。
もう一人の参加者の山本さんは桃花がガッツリ狙っているし――幹事の佐々木さんは、もともと脈ナシっぽかった。たぶん、彼女がいるんだろう。本命の彼女。
あ~、誰かの本命になりたい。
誰かに愛されたい。誰かを愛したい。
熱いシャワーを浴びて出てくると、まだ持田さんはベッドの上に大の字になって寝ていた。もはや恋愛対象の異性ではなく、動物園で寝転がるアザラシでも眺めている気分。
一晩関係を持ったって、こうしてすぐに“他人”になってしまうのは、とってもむなしい。
ひとまずホテルの床に散らばっていた服を集めて着替え、洗面台の鏡の前に立つ。そこには、肌が荒れて目は光を失い、疲れた顔をした30歳の独身女が映っている。
今日は休日だし、メイクせずにタクシーで独身荘まで帰ることにしようかな。そう思って、一度出したメイクポーチをカバンにしまいなおそうとしたときだった。
唐突に、スマホが震えだした。着信を告げる画面に浮かんだのは、「社長」の文字。
――うわ、出た!
私は数秒迷ってから、通話ボタンを押す。
「……はい、永森です」
『あぁ~永森、助かった。休日なのに、電話出てくれてありがとー』
こういう第一声がズルいのよ、この男は。私は心の中でひそかに舌打ちする。
「どうしたんですか? 何かトラブルでもありました?」
『いや、そういうわけじゃないんだけどさぁ~……』
こういう曖昧な言い方をするときは、「とにかく来て話を聞いてほしい」という社長のサインだ。ちらりと壁にかかった時計を見上げる。時刻は午前8時を回ったところ。
「――朝食買ってからいくので、40分くらい待っていただけます?」
『もちろん!』
スマホの向こうで、社長の声が明るく弾んだ。――確信犯め!
『いやーありがとう、永森! あ、ついでに俺のコーヒーも……』
「無糖のカフェラテにします? それともアメリカン?」
『今日はアメリカンで~! まじでありがと!』
「はいはい。それじゃ、また後ほど」
通話を切ると、私は小さくため息をつく。そして気合を入れなおすと、再度メイクポーチを取り出し、大急ぎで化粧を始めた。
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