第16話 未来を思わせる言葉
腹の中に声を押さえつけた状態で、ヴィオーラはスクードに手を伸ばす。小さな彼の右手を掴むとそのまま手を引いて馬車の外に出た。
「ヴィオーラ、ちょっと待ってよ」
スクードは驚いて引き止めようとするが、ヴィオーラの力は強く、そのまま引っ張られてしまう。その上、彼女は感情を暴発させないために、黙ったままだ。
だが、その背中に恐怖を感じることはない。
優しく、そして悲しい背中だった。今にも泣き出しそうな美しい背中。そう感じとったスクードは、全力でヴィオーラの手を引っ張る。
「ヴィオーラ!」
幼いスクードと盗賊を圧倒するヴィオーラ。腕力ひとつとってもその差は歴然だ。
しかし、突然だったこと、ヴィオーラがこれまでの生活で困憊していること、戦いの直後であること、彼女が自分の感情と闘っていること、下向きに引っ張ったことで重力が手助けをしたこと。いくつもの要素が重なり合い、ヴィオーラは体勢を崩して、スクードにもたれかかる。
スクードはそんなヴィオーラの体を支えるどころか、そのまま抱きしめて、背中から地面に倒れた。
他の誰かから見れば、ヴィオーラがスクードに覆い被さっているように見える。その実、スクードがヴィオーラを抱きしめ、動かないように捕らえているのだった。
「何をするんだ、スクード。重いだろう、早く離して」
驚きによって涙が引っ込んだヴィオーラはそう問いかける。
するとスクードは、会話を成立させるつもりなどない言葉を返した。
「ヴィオーラ、何も我慢しなくていい。泣きたい時は泣いてもいいんだ」
「・・・・・・泣く? 私がか? 何を言ってるんだ。ああ、そうか、戦いが怖くて自分が泣きそうだったのを誤魔化そうってことだな。心配するな、もう終わって」
「違うよ、ヴィオーラ。確かに僕は怖くて泣きそうどころか、ちびりそうだったけど・・・・・・僕じゃない。君が泣かないようにしているって、そう感じたんだ」
恥ずかしいセリフだな、とスクードは自分でも思う。ヴィオーラが泣きそうなのを我慢していなければ、勘違いで抱きしめた痛い男だ。三十歳の体でそんなことをしていれば、逮捕案件だろう。八歳の体かつ、下心がないからこそ許されることだ。
スクードはさらに言葉を続ける。
「ヴィオーラ、涙は弱さじゃないよ。泣くことは負けることじゃない。君が感情を露わにして泣けるように、安心できる未来を作るよ。だから泣いてもいいんだ。約束しただろう、生き方を教えるって。僕じゃ頼りないかな?」
こんな説得があるだろうか。泣け、と全力で説得しているのだ。
そんなスクードの言葉がおかしくて、ヴィオーラは笑ってしまう。
「ふっ・・・・・・ふふっ、何だそれは。でも、そうだな、まだ頼りないかもしれない。どこからどう見ても、まだ子どもだ」
「子どもなのは仕方ないだろ。そのうち大人になるよ」
「だから、少しだけだ。少しだけ、その胸を貸してくれるか?」
そう言って、ヴィオーラは全身の力を抜き、スクードの胸に顔を落とす。
彼女は声を出さない。肩も振るわせない。けれど、スクードは服越しに熱い水滴を感じた。
現状、彼女が吐き出せる感情の全てなのだとスクードは察して、そっとヴィオーラの頭を撫でる。
「ヴィオーラ・・・・・・」
「ふふっ、頼りない胸だな。けれど、いつか大きくなる。その時になったら、また貸してくれるか?」
彼女の口から出てきた言葉にスクードは驚く。
これまでの印象を覆す、弱気で可愛らしい発言だからではない。未来を思わせる言葉だったからだ。
「うん、その時になったら、いつでも」
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