第15話 感情の連鎖爆発

 すでに倒れている盗賊たちよりも、強いことは明白だった。それでもヴィオーラは冷めた目で剣を構えている。

 剣の使い方によって、相手の力量がわかるという話は、あくまでも低いレベルでの話だ。そうすれば必ず勝てるわけでもない。そうした方が多少有利に働く。それだけだ。

 実力がそれほど離れていなければ、そんなものが勝因や敗因になるだろう。

 しかし、世界には残酷なほど埋めようのないものが存在する。


「隙はなくとも関係ない。私とお前の間にあるのは・・・・・・」


 ヴィオーラはそう言いながら、乱雑に剣を振り上げた。素人のスクードから見ても隙だらけだ。どこからでも攻撃できるように見える。

 リーダーもそう思ったようで、突きを繰り出そうと、半身を後ろに引いた。


「ぶち破ってやるよ、テメェの汚れた体をなぁ!」


 どこまでいっても下品な物言いをする盗賊だ。

 しかし、ヴィオーラは言葉を完全に無視して、ギリギリまでリーダーを引き付けた。

 リーダーの刃が、ヴィオーラの体に触れる。まさにその直前、ヴィオーラは目で追えない速度で剣を振り下ろし、リーダーの頭を貫いたのだ。


「天と地よりも分厚い壁だ。ぶち抜かれたのは、お前の軽い頭だったな」


 リーダーは声の代わりに血を吹き出して、そのまま絶命する。剣に刺さったままの盗賊に対してヴィオーラは、ため息を送ると剣ごと床に投げ捨てた。

 ゴトッという音が馬車内に響いて、スクードとヴィオーラの息遣いだけが残る。


「終わったよ、スクード」

「ヴィオーラ・・・・・・その怪我は・・・・・・ないよね」

「ああ、この程度で怪我をするような訓練はしてない」


 そう答えるヴィオーラだったが、よく見ると首から血が流れていた。返り血ではなく、擦り傷。首から出血していることがわかる。


「ヴィオーラ、血!」


 スクードは慌てて駆け寄り、自分の服の袖を破ってヴィオーラに差し出した。本当は自分で傷を抑えたかったのだが、悲しいことに身長が届かない。

 ヴィオーラは自分で首を摩ると、手についた血を見て、鼻で笑った。


「こんなもの、傷の内には入らない。多分、首輪を引っ張られた時に、擦れてついた傷だろう。先ほど首輪を破壊した時にもう一度擦れて、血が出ただけだ」

「いいから、これで抑えて。女性の体に傷を残すわけにはいかないよ」

「女・・・・・・か。戦いしか知らぬ、汚れた体の私が女などと・・・・・・」


 どこまでも自分を貶すヴィオーラ。それだけのことがあったのだと、今ではスクードも理解できる。しかし、納得はできない。

 思わずスクードは声を張り上げた。


「ヴィオーラは綺麗だよ! 僕が見てきたどんな人よりも綺麗だ! だから!」


 スクードはヴィオーラの腕を引っ張ると、その首に布を押し当てる。


「とにかくこれで傷を抑えて。んで、今すぐ屋敷に行こう! 屋敷ならちゃんと手当できるから。ヴィオーラが生きる責任は僕が取るって約束しただろう」

「・・・・・・スクード・・・・・・っそんなことを言われたのは・・・・・・初めてだ。私は・・・・・・今、どうして・・・・・・」


 これまで冷たく感じていたヴィオーラの表情が、少しずつ崩れ始める。一度溢れた感情は、そう簡単に止まらず、涙となって流れ落ちた。

 雫が頬を伝い、顎からスクードの手に着地する。重く熱い、一滴の感情。それはヴィオーラが感じたことのない感情だった。

 胸の奥が熱くなり、嗚咽しそうなほど声が腹から溢れてくる。口を開くと大声で泣き出してしまうのだと、ヴィオーラは自覚した。

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