第12話 差を正しく

 先程まで自分のことを『生きていない』と言っていた女の声だ。何を思ったのか、突然名前を問いかけてきたのである。

 

「スクード。スクード・ヴェリンだよ」

「そうか、スクード・・・・・・私はヴィオーラだ。死んでほしくない、本気でそう言われたのは二回目だよ。懐かしくて、いろんな記憶が蘇った。幸せだと感じ死ぬことが怖いと思っていた、あの時の感情も」


 そう話すヴィオーラと名乗った女は、希望を見出したかのように声に力があった。

 こんな状況で何を言っているんだろう、と思いながらもスクードは答えてみる。

 

「ヴィオーラか。いい名前だね」

「スクード、私は生きていていいのか?」


 改めてヴィオーラが問いかけた。

 答えは決まっている。


「当たり前だよ、ヴィオーラ」

「けど、私には生き方がわからない。私に生き方を教えてくれるか? 生きる希望を持たせた者の責任として」

「ここから生きて帰れたら、責任でも何でも取るよ。でも、こんな状況じゃあ・・・・・・」


 もう盗賊たちが手を伸ばせば、もしくは剣を振り下ろせばスクードまで届く距離だ。

 希望めいた『もしも話』をしていることで、多少恐怖は薄れるが状況は変わらない。

 大逆転の奇跡なんて、そうそう起きないから奇跡なのだ。


「スクード、少し下がっていろ」


 スクードが終わりの覚悟を決めた瞬間、ヴィオーラが言い放つ。


「え?」


 驚いたスクードが振り返ると、背後から細い手が伸びてきた。その手はスクードの襟を掴んで引っ張り、力づくで場所を交代する。


「ヴィ、ヴィオーラ、ダメだよ! 危ない!」


 咄嗟に呼びかけるスクード。だが、ヴィオーラは嬉しそうに微笑んでいた。


「心配しなくてもいい、スクード。私は誰が相手でも、何人相手でも負けたことはない。素人同然の五人ぽっちに負けるはずがないよ」

「何言ってるんだ、ヴィオーラ! 相手は剣を持った盗賊だよ!」

「武器を持ったって、虫は虫だ。好き嫌いならともかく、蟷螂相手に本気で『殺される』と怯える人間はいないだろう」


 ヴィオーラはわざと盗賊たちに聞こえるよう、言い放った。

 その言葉は盗賊たちを煽るには充分だったようで、奴らは怒りの感情を露わにする。


「虫だと?」

「人間でもねぇ奴隷が言ってくれるじゃねぇか」

「リーダー! こっちの女は好きにしていいんだよな? ボコボコにして、俺らで飼いましょうや」

「趣味が悪ぃな、テメェは。だが、これだけ反発的な奴隷は買い手が無い。好きにしろ」


 リーダーの許可を得た盗賊たちは、一気に襲いかかってきた。

 

「ヴィオーラ! 危ない!」


 スクードが叫んで忠告する。しかし、ヴィオーラは全く慌てた様子なく、微笑んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る