第11話 呼び名を探る
どうやら蹴られたらしい、とスクードは女の太ももに着地してから気づく。状況的にそんな余裕はないのだが、やけに柔らかくて暖かい。衰弱して意識を失ってもおかしくないほど痩せているはずなのに、男の太ももとの違いは明らかだった。
いや、そんなことを考えている場合ではない、とスクードは振り返り、盗賊に視線をやる。
剣を持った盗賊が四人、馬車の中に入ってきていた。その背後にはリーダーが控えている。
こちらにいるのは絶望して生き死にに興味のない女と、中身が三十歳というだけの子ども。戦って勝つどころか逃げることもできないだろう。
時間切れかつゲームオーバーだった。
スクードは必死に活路を探しながら立ち上がり、女の前で両手を広げる。何をしているのか、スクードもわからない。過度な緊張と動揺、恐怖の中スクードの思考に残ったのは『この女性を死なせない』という決意だった。
「ははっ、なんだこのガキ。騎士気取りでこんな奴隷を守ろうってか?」
盗賊の一人が、スクードの行動を笑う。それに対してリーダーが、嘲笑気味に「傷物にすんなよ」と吐き捨てた。
子どもに逃げられ、かと思えば裏をかかれて奴隷を四人も逃がされたことで、怒りが増しているのだろう。『傷をつけずに捕える』が『五体満足であれば多少は傷つけてもいい』に変化していた。そういうニュアンスの言葉だった。
しかし、スクードはその場から動かない。
背後からその様子を見ていた女は、驚いたように言う。
「お前、何をしてるんだ・・・・・・私を守ろうとなんて、しなくてもいい。抵抗すれば、より苦しむことになるんだぞ」
「うるさい! 僕だって、何してるんだろって思ってるよ。馬鹿なことしたなって後悔もしてる。けど、あなたを救いたかったんだ。何でかわからないけど、あなたに死んでほしくなかったんだ」
スクードは女に言い返した。
すると女は、何かを思い出したかのように目を見開く。脳に直接記憶を送り込まれたかのような衝撃を受けた、鋭い表情だった。
「お前・・・・・・」
女が呟く。短いたった三音の言葉だったが、これまでよりも生気が感じられた。彼女らしさを感じる掠れの少ない声だ。
思わず振り返りそうになるスクード。しかし、盗賊たちから目を離すわけにはいかなかった。
こんな話をしている間も、奴らは動く。剣を見せびらかすように向けながら、ジリジリと距離を詰めてくる。
盗賊たちとの距離は、そのまま『終わり』までの距離。それがなくなれば、人間としての尊厳は奪われ、死ぬまで死にたいと思い続けることになる。
スクードはその恐怖に駆らつつも、何とか思考を巡らせた。
「僕が盗賊の間を抜けて逃げれば、僕を追いかけてくるはず・・・・・・でも、狭い入り口に四人・・・・・・その奥に行っても親玉がいる。どうすれば、どうすれば・・・・・・もう一度、ハッタリで・・・・・・」
いや、ハッタリはもう通用しないだろう、とスクードは言葉を止める。盗賊たちが戻ってきたということは、ある程度周囲を確認しているはず。そうでなくとも、ここから逃げられる方法はないのだから、私兵が到着するよりも先に全てを終えられる。
手詰まりだ。スクードは現実をそう断定して目を閉じる。
不意に始まった目的のない二度目の人生。何かを成せたわけではないが、最後に四人の女性を救えた。心残りは、一人救えなかったことくらいである。
「カッコ悪いなぁ。全員救いたかったんだけど」
自嘲気味にスクードが言う。
すると突然背後から声が飛んできた。
「お前・・・・・・じゃなくて、あなた? きみ? もう何でもいい。もう一度名前を聞かせて」
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