第9話 自分の立ち位置を知る者よ

「帰る場所がないのなら、帰る場所を作れば良いんですね。わかりました。ここから西に進んだところに村があります。そして、そこから丘を登ったところに屋敷が。ともかくそこに逃げてください」

「アンタ、何を言ってんだ」

「ここはドリエルト、ヴェリン子爵領です。そして僕はスクード・ヴェリン! その屋敷は僕の家です。その先もどうにかしますから、今は逃げてください」

「どうにかしますからって・・・・・・私たちは生きることを諦めてんだ。今更、どうやって生きていけって言うのさ。こんな汚れた体で」


 女はヤケになったかのように吐き捨てた。

 その言葉を聞いたスクードは、感情的になるでもなく冷静に言い返す。


「だったらどうして怯えたんですか?」

「は?」

「僕が馬車の中に入ってきた時、みなさん怯えましたよね。死んでもいいっていうのなら、怯える必要なんてないはずです」

「言っただろ、苦しまずに死にたいって。ただそれだけだよ」

「これまで苦しんできたのでしょう。だから、そうして自分に言い聞かせてる。でも、怯えているあなたたちの目は語っていましたよ。生きていたい、自由になりたいって。いいからさっさと立て! 生きるために、立ち上がって逃げろ! 早く!」


 徐々に声量を上げながら真剣に語りかけたスクードの言葉は、女たちの心を打った。

 自分自身の『生きたい』という気持ちと向き合ったのだろう。

 首から垂れている鎖を掴むと、バタバタと馬車から出ていく女たち。そのうちの一人が最後に振り返った。


「アンタ、まだ子どもだろ? 見た目は間違いなく。でも、まるで人生二回目みたいに・・・・・・」

「ただの子どもですよ。小さな領地を持つ子爵の息子です。さぁ、早く逃げて」

「ありがと」

「お礼は屋敷で再会してから聞きますよ」


 最後の女を見送ったスクード。もしかすると馬車の中に『女たちを買おうとした者』を明確にする証拠が残っているかもしれない、と考え時間が許す限り探るつもりだった。

 ドリエルトでは奴隷が禁じられている。その禁を破ろうとする者の名前を知りたかったのだ。

 そう思っていたのだが、スクードは動けずに息を漏らす。

 馬車の中に、まだ一人女が残っていた。目の中に虚無を宿した、一際美しい女性である。


「な、何してるんだよ。あなたも早く逃げて!」


 スクードが言うと、女は黙って目を閉じた。何もかもを諦めたかのように、じっと『死』を待っている。


「ここにいたら盗賊が戻ってくるんだ。早く逃げないと!」

「・・・・・・」


 何も答えない。そういえば、この女だけ馬車に入ってきたスクードに怯えた様子がなかった。

 死ぬことに怯えていないというより、生き死にに対して興味がない。スクードはそんな印象を受ける。

 

「どれほど絶望すれば、そんな目に・・・・・・過去に何があったかは知らないけど、それでも今生きてるじゃないか」

「・・・・・・」

「わざわざ死ぬ必要なんてない。これから先、明るい人生が待ってるかもしれないし」


 安っぽい言葉だな、とスクードは自身が情けなくなった。一度死んだことがあるとはいえ、本当の絶望など知らない。そんなスクードが彼女に何を伝えられるのだろう。

 そして、これから消えるかもしれない命を見捨てられるほど、強くもない。


「僕のわがままでいい、一緒に逃げてくれないか」


 スクードがそう付け足すと、女は気だるそうに視線を向けてくる。


「・・・・・・断る」

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