第8話 鍵は存在するだけで何かを閉ざしている

「あ、安心してください。僕はあなたたちに何もしません、ただ助けたいだけです。盗賊はこの場から離れましたし、逃げるなら今のうちですよ」


 スクードがそう伝えると、先ほどの女性が震えた声で言葉を返す。


「と、盗賊? 奴隷商じゃなくて?」


 なるほど。奴隷商に運ばれている最中、盗賊に襲われたのかと、スクードは状況を把握する。

 酷い話だ。それこそ、物のように扱われている。

 女たちにも状況を伝えなければ、不安は拭えない。スクードは話を続けながら、女たちの首から繋がっている鎖を外す方法を探す。


「えっと、この馬車は奴隷商のものですよね? 移動の途中で盗賊に襲われ、倒れたようなんですよ。それで、盗賊は今、この場を離れてます。だから逃げ出すなら今なんですよ。さて、鎖は壁の金具に止まってる。首輪の方は、また別の金具でロックされてるし、こっちを外すのは時間がかかりそうだな。ちょっと動くのは大変だろうけど、壁の金具の方は一括で外せるだろうから、鍵があれば・・・・・・外の御者か」


 スクードは急いで馬車の外に出る。御者に近づくと、その腹部に刺し傷が見えた。おそらく、襲われた時に刺されたのだろう。

 残酷な話だが、出血量が多すぎる。手当てをしたとしても助からないことは明白だった。


「アンタが真面目な商人だったら、僕の心も痛んだろうけどね。残念ながらここドリエルトでは奴隷が禁じられてるんだよ。奴隷商は死罪だったはず・・・・・・来世では真面目に生きな」


 スクードは間も無く事切れるだろう御者に言いながら、腰につけていた皮袋を探る。

 するとその手に小さな金属の感触を得た。形から察するに鍵で間違いない。

 皮袋から取り出し、目視で鍵を確認すると、すぐさま馬車の中に戻る。盗賊たちがいつ戻ってくるかもわからない。素早く行動するにこしたことはないだろう。


「ちょっと待ってて、今鍵を外すから」


 カチャカチャと金属音を立てて、解錠にかかる。スクードが前世で体験していた鍵よりも作りが荒いため、鍵穴の中で引っかかり中々開かない。


「あれ、こっちか? 開けるのって時計回りだっけ、反時計回り? 閉めるのが『の』の字を書く方向だから、反時計回りか」


 時間がないという焦りが、スクードの手を震えさせる。

 鍵と必死に格闘し、なんとか解錠を済ませると女たちに声をかけた。


「邪魔だと思うけど、首に繋がってる鎖は自分で持って逃げて。急いで逃げないと盗賊が戻ってくるかもしれないから、早く!」


 しかし、女たちは苦しそうな表情のまま立ち上がらない。


「どうしたんですか。早く逃げないと」


 スクードが急かすと、怯えていた女の一人が口を開く。


「逃げる? どこに? アンタ、身なりからして生活に困るような身分じゃないんだろ? そんな奴にはわからないだろうが、私たちは売られて奴隷に落ちている。待っている家族も、帰る場所もないのさ。どこにいたって、家畜のような扱いを受けるだけ。せめて死ぬのなら、苦しくないように・・・・・・私たちの望みはそれだけだよ」


 それが奴隷なんだ、と女の目が語っていた。

 女の言葉に説明を加えるならば、女たちはベルシーラの貧しい村で生まれ育った。その村がある領地は税が重く、税を払えなかった者は奴隷として売られることになる。そうして人が減れば、新たに移民を受け入れ、また売る。人間を人間と考えないサイクルの中で全てを失った者たちなのだった。

 そんな生き方をしてきた女たちの感情は、濁り澱み歪んでいる。だが、真っ向から否定はできない。

 軽々しく『生きろ』なんて言えない状況だ。

 この場での発言には責任が生じる。それを分かった上で、スクードは言う。

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