第7話 笑みは持たざる者の武器である
大嘘だ。貧乏なヴェリン子爵家が、そんな数の私兵を養えるわけがない。完全にハッタリだった。
スクードの言葉を聞いた賊の一人が、慌てた様子でリーダーに話しかける。
「どうしますか、リーダー! 貴族の私兵が来るって!」
「動揺してんじゃねぇよ。ガキを一瞬で連れ去って、逃げりゃいいだけの話だ。最悪、馬車の方は捨てていい。何せ貴族のガキだ、身代金と売っぱらう金を合わせりゃ、馬車の奴隷よりも稼げる。お前ら、さっさとガキを捕まえろ!」
大きな声で指示を出すリーダー。それに対してスクードは忠告する。
「いやいや、僕は全力で逃げますし! 林に隠れれば、こんなに小さい子どもを見つけるのは時間がかかりますよ。逃げ足には自信がありますから。逃げた方がいいと思うけどなぁ」
そう言ってから、スクードは道に出てきた逆の手順で林に飛び込んだ。
元々小さい体を隠すように屈んで、木の陰を素早く移動する。
賊たちはネズミを見つけた猫のように、それぞれ声をあげてついてきた。
ここまではスクードの想定通り。
賊たちの足音に耳を澄ませながら、スクードは走っている途中に踵を返して、馬車の方向に隠れる。賊たち五人分の足音は隠れたスクードの横を通り、道から離れた方に向かっていった。
逃げる、と宣言したことで『この場所から少しでも遠くへ向かう』と思い込ませれたのだろう。
また、私兵が近くまで来ている、という嘘も効果的だ。私兵に助けを求めに行くはずだ、と考え賊たちはスクードが飛び込んだ方向へ進んでいく。
その隙をつき、スクードは道に出た。賊が一人もいないことを確認して、倒れた馬車に向かっていく。
間近まで来たことで、ようやく馬車の中に入る扉を発見した。外に閂と呼ばれる横木が設置されているせいで、中からは開けられないようになっている。
スクードは閂を抜いて、勢いよく扉を開いた。
「大丈夫ですか!」
声をかけると同時に中の様子を確認する。
十七歳から二十歳くらいまでの女が五人。首に鉄の輪をつけられ、そこから鎖で壁に繋がっていた。それぞれ服とは呼べないほどボロボロの布を体に巻いており、顔や手足に汚れや痣が目立つ。
またその五人に共通しているのは、全員が美人であるということ。
五人中四人は扉が開いた瞬間、何かされるのではないか、と言わんばかりの表情で怯えていた。
残る一人は四人の美人よりも飛び抜けた容姿を持っているのだが、全てを捨てたような虚無を宿した瞳で俯いている。
「だ、だれ! 私たちをどうしようと」
怯えていたうちの一人が、スクードに言う。こんな子どもが女性相手に何をすると言うのだろうか。しかし、子どもにしか見えないスクードにも恐怖を感じてしまうほど、これまで酷い目に遭ってきたことはわかる。
前世と今世を合わせても初めて見る、とスクードは心の中にモヤモヤと発生する嫌な気持ちを感じた。
やはり、この馬車が運んでいたのは奴隷だ。
怯える四人と虚無の一人に対して、スクードは可能な限り無害な笑みを浮かべる。
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