第5話 賭けに勝つためには賭けなければならない

 四歳だったスクードは、子ども扱いされている状況に飽きてしまい、屋敷を飛び出した。

 屋敷の下にある村での小さな冒険をしてみよう、と向かっている途中のこと。突然、近くから女性の悲鳴が聞こえてきたのである。

 何事か、とスクードは木の陰に隠れながら悲鳴に近づいていった。

 辿り着いたのはヴェリン子爵領と辺境伯領を繋ぐ道で、ある程度整備された場所。整備されている理由は馬車が通れるように、だった。

 スクードが目にしたのは、道の途中で血を流し倒れる二頭の馬と、気を失って倒れている男の御者。馬から繋がれた車は大きめで、小屋のようになっていた。その周囲には馬車を取り囲む五人の賊がおり、下品な声をあげている。


「全部奪っちまえ、どうせ表に出せない商売してやがんだ!」


 そう叫んでいるのは、おそらく賊の中で一番地位のある男だろう。気配を悟られないように隠れながら、スクードは冷静に思考を進めた。

 体は四歳だが、中身は三十歳男性。チート能力は持っていないが、考えることはできる。それが彼の持つ唯一の武器だった。


「馬車を襲う・・・・・・盗賊かな。表に出せない商売ってなんだろう。そもそも、あれはうちの領地の馬車じゃない。何か情報は・・・・・・」


 スクードは身を乗り出すようにして、少しでも何か状況を判断する材料がないか、と調べる。

 そもそも、何の能力も持たない四歳のスクードが賊を追い払うことなどできない。

 ただ、目の前で起きている『何か』に興味を持ったのだった。

 するとスクードは、馬車の表面が一部剥がれ、鷲のような紋章が見えているのに気づく。紋章を隠すように貼り付けられた板が、倒れた衝撃で破損したようだ。


「鷲の紋章? ってことはドリエルトの馬車じゃない。確か、ベルシーラの紋章が鷲だったような・・・・・・じゃあ、あれは隣国からの不法入国か。陸路を使って、不法入国していた・・・・・・それも随分大胆な方法で」


 盗賊が言った『表に出せない』というのは、そういう意味だったのだろう。

 不法入国だと気づき、その馬車を襲った。つまり、どちらも悪人。もしも能力があったとしても、助ける義理はない。

 スクードはこっそりその場から立ち去り、子爵家の誰かに賊の出現だけ報告しよう、と考える。そこで、違和感に気づいた。


「あれ? さっき聞こえた悲鳴は女性だったはず。けどこの場に女性はいない。可能性として、目撃者の女性がいて逃げたってことも考えられるけど・・・・・・でも・・・・・・」


 スクードは馬車に目をやる。人が何人も入れそうな車だ。


「もしも、あの中に人がいるなら・・・・・・」


 どうにかして確認したいところだが、あいにく車には窓がない。ギリギリまで近づかなければ、人の気配を感じ取ることもできないだろう。

 けれど、スクードに賊を跳ね除けるほどの力はない。助けようがないのだ。


「一体、どうすれば・・・・・・現実的な解決方法は逃げる・・・・・・けど、もしもあの中に人がいたら・・・・・・」


 相手は盗賊だ。襲われた女性がどうなるか、想像もしたくないが、想像するのは難しくない。


「どうする、どうする、どうする。くっそ! 一か八かの賭けだけど、やるしかないか。どうせ一度死んだ身だし・・・・・・今回の人生では誰かの役に立つのも悪くない」

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