第3話 山は夢と悪夢を同時に生み出す
「な、何言ってるんだよ、ヨルシャ。ヴィオーラも何か言ってよ」
「スクード坊っちゃまがそれをお望みなら、このヴィオーラ全身全霊をもってイチャイチャさせていただきましょう」
ヴィオーラは自分の胸に右手を当てて、頭を下げる。そんな反応をされるとは思っておらず、スクードはただただ狼狽えるばかりだった。
「ちょ、ちょっとヴィオーラ。変なこと言わないでよ!」
「何か問題でも?」
「問題って、そんなこと言えばヨルシャが誤解しちゃうでしょ」
「私は何もおかしなことは申しておりませんよ、スクード坊っちゃま。私の全てはスクード坊っちゃまのものです。この命までも」
そう言い放つヴィオーラの表情は、凛とした微笑みでありながらも、瞳は真剣そのものである。
夫婦仲睦まじく聞いていたノーズとミエラは、二人して笑う。
「ヴィオーラに任せておけば安心だな、スクードは」
「そうね。ヴィオーラ、よろしくお願いね」
「かしこまりました、旦那様、奥様」
三人の大人たちが、互いへの信頼を見せつけるように頷き合う。
スクードはどうしようもなく恥ずかしくなり、鼻息を荒くした。
「もう、お父様もお母様もヴィオーラも何言ってるんだよ。僕はまだ八歳だから」
これがスクードの日常。幸せな生活。
決して優雅な生活をしているわけではない。裕福な生活をしているわけではないが、周囲から愛され、周囲を愛し、何も不満はなかった。
けれど、この時には既に、絶望がゆっくりと静かに近づきつつあった。全てを崩壊させる『終わり』が『始まり』かけていたのである。
そして絶望はいつも、幸福に紛れてやってくるものだ。
「ご報告申し上げます!」
ノーズの執務室に、山林の開発を担当しているバビリニウムという名の男が飛び込んできた。
彼はヴェリン家に仕える従者の一人であり、領内の収益を上げるために様々な方法を模索している。
そんなバビリニウムからの急ぎの報告。
ノーズが背筋を伸ばして問いかけた。
「一体どうした、バビリニウム。領内で何かあったか?」
「ヴェリン子爵様! 山に、山に!」
「まずは落ち着いて息を整えるんだ。山がどうした? まさか、隣国ベルシーラが攻めてきたとでもいうのか?」
バビリニウムの慌てようからして、その可能性も大いにある。
ヴェリン子爵領があるのは、ドリエルトの東端。隣国ベルシーラとの間には辺境伯領が存在しているが、もしも辺境伯領が落とされたとなれば、ヴェリン子爵領まではすぐだ。戦争が始まったという報告よりも、敵兵が攻めてくる方が早くても不思議ではない。
しかしバビリニウムは素早く首を横に振る。
「ち、違います! 朗報です!」
「朗報? 一体何があったというんだ」
「山林調査の途中、とんでもないものを発見いたしました。鉱山です・・・・・・豊富な鉄鉱石を埋蔵している鉱山を発見! さらに調査を進めておりますが、おそらく希少金属も眠っているかと!」
「何だと・・・・・・この領地から希少金属が・・・・・・それが本当ならば、我が領は・・・・・・ともかく調査だ。私もいますぐ鉱山に向かおう。準備を!」
言葉通り朗報。もしも希少金属が見つかれば、ヴェリン子爵領は大きな利益を得ることとなる。貧乏貴族ではなくなるのだ。
鉱石や鉄は運搬の期間が絞られない。どれだけ遠い場所へも売ることが可能。理想の収入源と言えるだろう。
領民の生活は安定し、仕事も増え、大きく発展する。その第一歩となる報告だった。
ノーズは自分の中で興奮を抑え込みながら、バビリニウムと共に、報告された山林に向かう。
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